池袋サンシャインビルにある病院で人間ドックを受ける。
まだ書面で貰ったわけではないが、幸い大きな問題はないようだ。8時半受付開始、というので8時10分頃ついたが、もうドンドンやっていた。一つ終ると、看護婦に次ぎの検査場所を知らされ、ぐるぐる回り、流れ作業みたいで9時過ぎには終ってしまった。窓口で払う金と健保で払う金を合計すると5万円強。良い値を取る、と思う一方、効率よい優れた医療行為をしようとすると、人手も設備もかかるものだと実感。10時過ぎに医者の面談があった。「胆嚢と肝臓に小さなポリープがありますが、大きくはなく問題はないでしょう。白血球が少し少ないけれど体質でしょう。」とのことだった。
さて池袋から我が家にどう帰るか。
地下鉄丸の内線を選んだ。大手町など大回りをして走るから、荻窪まで25も駅があり、時間も1時間くらいかかる。しかし座れる確率が高く、今日も2駅目から座った。新書を読み出したが、そのうちに少々眠くなった。気がついたら荻窪駅だった。
何かの料理番組で「年をとると時間が沢山出来ます。そこで気長にゆっくり煮込みましょう。」と言っていた。賛成である。友人に青春18切符を使っているものがいる。特急は乗れないけれど、値段はとにかく安い。その切符を買ってのんびり旅行するのがすきなのだそうだ。基本的には賛成である。ただゆっくりしすぎていると、結局もう一泊しなければならなくなったりする。するとコストが問題なのだけれど・・・・・。
のそのそと歩いていると、わきを若い女がすり抜けて行く。あの時ひょいと足を出したらどういう風になるのだろう、罪になるのか知らん、と思うけれど、中々やれるものではない。理由は・・・・人間の目が後ろについていないから。気がついたときにはもう通り抜けている。その話はともかく、どうしてあんなに急ぐのだろう、と思う。気がついて見ると急ぐのは、女ばかりではない。町全体がみんなせわしなく蠢いている。
私はこのごろ急がなければならぬ、と感じたとき、遅れたら社会全体どうなるだろう、と考える。大抵大勢に影響にないことに気づく。一方で約束時間には大分早く行くようにする。時間が余れば文庫本でも読んでのんびりしていればいいではないか。
若いころ、ある上司から議論や喧嘩をしたときに、水を一杯飲めるようになったら、大人になった証拠、と教えられた。世の中、急いでも変わらない、と考えるのは老人になった証拠なのかもしれない。
ゆっくり歩くことは一見無駄に見える。しかしそうすることによってのみ見えてくる世界もあるように思う。その究極は四国のお遍路さんではないか。お遍路さんには一大決心が必要だが、それまがいなら自宅の周辺で毎日出来る。
荻窪駅で買い物をして野菜や肉など抱えてまで30分くらいかけて歩いて帰った。もちろんこの間にバスはある。しかし最近乗ることは少ない。何かの本にゆっくり歩くと余り運動にはならない、と書いてあった。最近の万歩計にはある速度以上で歩いた場合のみカウントするようになっているものがあるそうだ。だから健康づくりに貢献するかどうかわからないけれど、のんびり、のんびり・・・・・。人生、死ぬまでのヒマツブシにすぎぬ、とでも考えて・・・・。
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読者から次のようなメールをいただきました。
暇つぶしの話題でしたが、ひつまぶしと読んでしまいました。
櫃まぶしは小生の好物で浜松でよく食べにかよいました。
東京ではやるところがすくないですね。
ときに喧嘩のときに水を一杯飲むというのは良いことです。
小生は囲碁を打ちますが、相手がすばらしい手や妖気ただよう手をうったときにはすぐ応対せず、心の中でゆっくり1.2.3---10と数えてから応対を考えるようにしています。
これは普通の生活で相手から「かちんとすること」を言われたときに、すぐ言い返さずそうしてから言うというのがすこし癖になったのですね。