598「凡人の語学学習」(10月8日(日)晴れ)

スペイン旅行に行った話をある女性にした。
「数年間、NHKのスペイン語講座を聞いたから、片言くらいは通じたよ。」
と得意に言ったところ「あなたほどの人が数年間やっても、片言しか通じなかったの。」と痛いところを突かれてしまった。

NHKの語学講座は、6ヶ月単位になっている。初級コースはそれで文法の大半を教える。接続法だって現在形は少なくとも十分に教える。だからしゃべれるようになるはずなのである。友人は定年退職してからイタリア語に入れあげた。朝から晩までイタリア語漬けだそうである。そうしてやっと3級を取った、といっていた。
しかし私のように1日に20分週4回聞くだけで、そのほかの時間はなにもしない、というダラダラ学習ではそうはいかない。旅行に行く前に4級までの模擬試験の掲載されている本を買ってきたがなかなかできない。
6ヶ月単位のコースが終ると、また次の講座が最初から始まる。アルファベットやブエノスタルデスから・・・・。最初はやさしいと思う。ところが進みだすと、すぐに難しく感じる。6ヶ月前にやったことをすっかり忘れている自分を見つける。そのくせ新鮮味も最初ほどはない。薬缶で湯を作り、冷えてからもう一度温めるようなものだ。

スペイン語などやってもよほど積極的でないと日本で使う機会はない。町行く色の少し濃い目の美しい女性にでも、積極的に声をかけるなどでもしない限り・・・・・。それどころか旅行に行っても、使う機会はあまりない。ましてや添乗員付きのパック旅行などで行ったらもう使わない。それに勇気を出して使っても、向こうは英語で返答してきたりする。ひどいときには「日本語でしゃべりなされ。」・・・・ガクンである。
旅行に行って感じるのは、語学は単語力と現在形である、ということだ。もっといえば数が数えられて、いくら、高い、安いがいえればそれでよい程度かも知れぬ。

そんな弁解をしたところ、その女性は
「私の知っている人は、何か目的がある人でなければ教えない。」
これは案外いいところをついている。人間と言うのは目標が与えられると結構頑張る。別の友人が、ウズベキスタンと言う国に中小企業の指導か何かで数年ゆくことになった。向こうはロシア語がしゃべれなければ用をなさない、という。そのため彼は、今あの格変化のやたらと難しい言語に、朝から晩まで夢中になっているのだそうだ。

私もああいう風にしなければ進歩しないな、と思いながら20分学習から抜け出せないでいる。ただ今回の旅行は良い機会ではあった。パック旅行ではなかったから少しは使う機会もあるだろう、と取り組んだ。もっとも帰ってくるときの抜けたようになり、もとの20分学習に戻ってしまったけれど・・・・・。それでも日常親しんでいればその国の情報が少しは分かるし、旅行する機会でもあればもう少し真剣に取り組むかもしれない、と淡い希望を持ちながら今日も20分・・・・・。

註 ご意見をお待ちしています。
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読者から次のようなメールをいただきました。

語学の学習というものは目的意識の有無が進歩を決めるというのは間違いありません。小生も定年後惚け防止のためにむずかしいとおもわれる中国語を勉強しました。留学生を先生にレッスンを受け2年経ちましたが片言しかできません。

しかし同じ年齢の某氏は同じ先生から同じ期間習ったにもかかわらず、すごく話せるようになりました。彼はいま中国の上海の近くで日本語教師をやっています。彼の語学の才能がすごくあるのではありません、気合の入れ方です。小生は惚け防止、彼は中国にわたるためにやったのです。