599「昔のままの空が見える」(10月11日(木)曇り)

公園通りと言うのだ、と誰かが言っていたように覚えている。
吉祥寺駅側の大通りから井の頭公園に向かう道は何本かあるけれど、ここが一番にぎわっている。スターバックスがあるが、そのテラス席が実は私のお気に入りである。
柔らかな日差しを浴びて本でも読み、時折道行く人々を眺めていると心が和む。
柵一つ隔てているだけだから、通りがかりに注目されそうなものだが、案外こちらを見ない。関係ないように振舞うだけに素顔の人間模様が見られるように感じる。
あの人たちの後ろにどんなドラマが隠されているのだろう。想像していると時間が過ぎてしまう。カウンターはドア越しで遮断されているから店員は余りでてこない。それをいい事に犬連れで来る客まで居る。

2時間ほど過ごした後、井の頭公園にでた。
公園はお花見時などになるとものすごく込む。しかし普段はそれほどではない。
鴨の類はまだ少ない。毎朝ラジオ体操に行く妙正寺公園など、そろそろ数が増え始めたように見えるのだけれど・・・・。変わりに亀が池から飛び出した木の上などでずらりと甲羅を干している。
木立を抜けると弁天道。そこだけが池に食い込んでいる。
若い夫婦がお賽銭をあげ何かを祈っている。池には噴水が蓮の花のように吹き上げている。
私も何となく手を合わせ、鈴をじゃらんとならす。
戻ると壊れかかったような自転車にのった青い服の警備員が私のわきを通り抜けてゆく。大きな男で、自転車がこわれそうだ。
突然ベンチに座っていた男が「それでは今日は、青森県と秋田県の境辺りの山村で歌われている歌を歌います。」と三味線を威勢良く鳴らし始める。歌が始まる頃には数人が遠巻きに聞き入り始めた。ここでライブを開き最近売れ出した歌手もいるそうだ。

この公園にまつわる思い出はいくつもある。
大学に入った頃、初めてダンスの講習会か何かで知り合った看護学校の女性とデートをした。入学試験から解放されてタガの緩んだ頃だ。私は勉強家じゃなかった。
確か野口雨情の童謡の歌碑があったように覚えている。その前で彼女の写真を撮った。
その頃は今から思えば随分しゃれっ気がなかった。
デートには、ごわごわのありきたりのジャンパーで、大学の教科書の入った重いカバンをかかえたまま駆けつけた。「お髭が少しのびてらっしゃるわ。」といわれた。次からきてもらえなくなった。でも純情だった様に思う。昭和30年代終わりの話である。
それにくらべると今の子は皆おしゃれだなあ。中学生にもなるとみな恋人がいるそうだ。
でもその分ナヨナヨしている気もする。いづれにしても羨ましい、まぶしい。

何となく人と話をしてみたくなった。あの看護婦はどんな風に年をとったろう。
帰り道。お店のショーウインドーに写った私を眺めて歌を思い出す。・・・・・もう、若くない自分と昔のままの空が見える・・・・。誰の歌か忘れた。
このごろ春と秋がひどく短くなってきたように感じる。冬の足音が近づいている。

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