60 老いる

T「どん、ぼこ!」(5月2日)

夕方、ガールフレンドのAさんと小金井のレストランSに夕食に行ったが、少し早く出て小金井公園による。ゴールデンウイーク、安くて健康的なヴァカンスを楽しもうと親子連れなどで園内は結構混んでいる。暑からず、寒からず、つつじはもう散ってしまったが、木々の新緑がまぶしく、楽しくなる夕方のひと時。
広場ではスケボウ。あれは別に留具をつけているわけではないのに、飛び上がると、どうして板までういてしまうのだろう。
彼らに混じって小学校1年くらいの子供がローラースケートをやっている。昔は刃は横に2列並んでいたように思うが今のものは1列。頭や足にプロテクターらしきものを着けているがよく転ぶ。3メートルいってすってん、5メートルでまたころり。下はコンクリートだから、さぞかし痛かろうに、と思うのだが本人はケロリとして立ち上がる。そしてつれてきたおとうさんに抱きつき甘えている。
Aさんがしみじみ言う。
「あの子と同じ事をやったらきっと足をくじくわね。転んだだけで寝たきりになるお年よりもいるくらいなんだから・・・。」
歳をとるというのは悲しいことだ。最近別の女性もこんなことを言っていた。
「私、もう孫と写真撮るの、嫌い!こんなにおばあさんになっちゃった、と思い知らせるのよ。そこへ行くと孫の肌はすべすべ・・・・なめたくなるみたい。」

どん!
夜、自宅で一人でワープロにむかう。ちょっと淋しい。風が激しい。この家は鉄筋コンクリートの癖にどこから風が入るのか、ガラス戸などがうるさい。
エッセイ風日記にどんなことを書くかいつも悩んでいる。
昼間のローラースケートの子供の元気な姿を思い浮かべる。
私は最近運動能力低下ばかりでなく、物忘れが激しくなってきている。今日はそんな話でも書いてみようか。
三日前の夕方、電子レンジをあけて思わずつぶやいた。「また、やっちゃった。」
朝、牛乳を温めようと、いれたまま忘れていた。半日たって生ぬるくなった牛乳を、捨てるわけにも行かぬから胃のなかへ。
どん、ぼこ!
そういえば最近、生協をほとんど注文しなくなっている。
金曜日の夕方に注文票を取りに来るのだが、注文票を出し忘れる、書き忘れることもある。忘れた場合、翌朝電話で注文すればいいのだが100%忘れる。万一、うまく注文しても万々歳とは行かない。1週間たつと品物が届くのだが、そのころには何を注文したのか、時には注文したことすら忘れてしまう。結果、一人で生活しているくせに卵が2パック、缶ビールが2パックで48本・・・・・。ひどいものである。
どん、ぼこ、どん!
本当に激しい風の音だ。
思いつく話をランダムに書いたけどどうやってまとめればいいんだろう。この辺で終わりにしたいが、エッセイというのは落ちが・・・。
りんりんりん・・・・・電話である。
「私よ。さっきはありがとう。元気?」
Aさんからである。
「さっきの今じゃ元気に決まっているよ。何か・・・。」
「ううん、今日はありがとう。お風呂は行かないの。」
「うん、今日は我が家で風呂・・・・・・。」
大変だ!どん、ぼこ、どんは、風の音じゃない。お風呂がつけっぱなしだ!
どん、ぼこ、どん、ぼこ!

U「老いの先」(4月9日 晴れ)

NHKで、「介護保険制度2年、今何が問題かを検証」という番組をやっていた。
都下に、一人住まいするおばあさんが映し出される。彼女は介護認定4で、昼間ヘルパーさんが来て、掃除や食事の用意などをする。
しかし介護保険制度は今まで官でやっていたものを、保険料を徴収して民間企業に委託するものである。制度が実施されるまでは夜でも何とか対応してくれたが、今では時間内対応だけ。夜、何かが起こっても、おばあさんはひたすら待つだけなのである。こうしたことから「官による援助が必要なのではないか。」と訴えているらしい。
私はすぐにほかのチャンネルに回した。自分も年寄りの仲間入りをしようとしているわけだが、それでも老残をさらすおばあさんやおじいさんを見るのは苦手だ。

知り合いの女性が神奈川県のA市で介護認定のランク付けの審査をやっている。
彼女に言わせると介護保険というのは老人のためのものではなくて、それを支える周囲の者のためにある。特別擁護老人ホームに送られるお年寄りの中には、泣き叫んで反対する者も少なくないそうだ。「このままがいい、家族と一緒にいたい。」しかし家族は厄介払いで老人を送り出すことを主張する。
いったん老人ホームに入ると帰るところがなくなる、ことも多い。
介護の認定は非該当、要支援、要介護1から5に分類することである。非該当になると特別擁護老人ホームにはおいてもらえない。
施設のあるおばあさんはどう見ても元気で非該当である。とても要支援だなどとはいえない。しかしおばあさんはそうなると、でて行かなければならないが、自宅は息子や娘が占領している、そんな状況を知ると、分類もホネが折れる、と彼女は嘆いていた。

ところで、この話はそのくらいにして、このようなことを考えて行くと、いずれは私もそうなるという現実。
結婚した娘二人はまず帰ってくることはあるまい。息子は・・・・いずれ帰ってくるかもしれない。しかし息子の会社はS県である。すると定年にならなければかえってくることはないのだが、もうそのとき私は90に近い。それに息子はよくともその嫁がどこまで頼りになるのか知れたものではない。
そうかといって息子や娘に全財産差し出して後はよろしく頼む、というわけには行かぬ。
親戚にそれをやった者がいる。不動産を長男にすべてわたし、残った動産で豊かに暮らしてゆく予定だったらしい。しかし動産たる株やゴルフの会員権は今では紙くず同然、父が倒れ、面倒はすべて母、息子夫婦はそれなりの面倒は見てくれるだろうが、自分のことで手一杯という感じ・・・・・とても幸せな老後には見えない。
いづれにしろ、息子や娘はある意味では他人と認識しておいたほうがいい。財産は最後まで自分のものとして確保しておくべきだ。
するとやっぱり、老後は老人ホームか、あるいは放送のおばあさんのように一人暮らし、1日に一回来てくれる赤の他人のヘルパーとやらを待つことになるのか。いづれにしてもそう簡単にこの家をでて行くわけにはいかない。
先のことはわからない。とりあえず、その現実にふたをして突き進んでいるのが現在のわたしの姿・・・。

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