この前の高校のクラス会の折であった。乾杯か何かをやらされた私は
「もう、みなさんもお孫さんの相手をする年頃・・・」と話したところ、ある女性出席者からきつく抗議された。「欲しくたって孫の出来ぬ人がいるのにひどい。」
その帰り道に別の女性出席者と一緒になった。うっかり「ご亭主がお待ちですか。」・・・・これは私も配慮が足りなかった。彼女は旧姓のままであることを忘れていたからだ。「亭主はいません。」ときっと抗議された。私だって来年は亡妻の13回忌。子達は独立し、一人の生活。倒れたときにだれに連絡してもらおう、と悩んでいる。
昨日のいちに歩こう会。この会は高校時代同期の集まりで、春と秋に10キロ余りの道を歩くものである。もう25回目を迎えるから10年以上続いていることになる。3回くらい前からただ、歩いて会食しているだけではつまらない、何かその時々にお題を決めて歌でも感想でも書いてみようではないか、と言うことになった。
今回は武蔵境から出る西武多摩川線の最終駅是政に集まり、多摩川土手を7キロくらい歩きそれから根川という細い川の流れている緑道に入る。最後に多摩モノレールの下を通って立川駅にいたり、そこで会食という段取りである。お題は「小さな秋みつけた」
天気予報がこれくらいぴたりと当たったときは珍しい、というくらい一日中雨であった。紅葉も目立たぬし、小さな秋らしいものをみつけるのにみんな苦労した。ようやくレストランにたどり着き会食。しかしお題投降の時間が迫るから話題はそちらにむく。
私は髪に手をやり、白髪を一本抜いて見せた。「ほら、こんなところにも小さな秋を見つけた。」と冗談。ところがこれを聞いた竹内君が「君は全く人の心が分からない。」と怒った。私はようやく白いものが出てきたくらいだが、彼はほとんど抜け落ちた段階。「こう見えたって気にしているんだぞう。」
「小さな秋みつけた」の作品のまとめをおおせつかった。全部をパソコンに打ち込み、俳句、和歌、短い詩など形式別に分けただけでそれ以上のことをしなかった。
水辺の植物、鳥、中には団地につるしてある干柿など秋を素直に歌った作品があった。またそれらを題材に、ナンとか格好いいところを見せようと、ひねりだした俳句や短歌があった。中には漢詩まであった。それはそれでよいのだけれど・・・・。
友の死のしらせにこの雨が涙雨に感じられた、と言うものがあった。我々同期は400人、すでに死んだ者は40人を越えた。この前も一人・・・。
また雨の上り坂がきつかった一日であった、あるいは疲れたなどと言う短い感想があった。私は、日ごろラジオ体操やスポーツクラブで鍛えているから、比較的元気なほうだ。最初の3分の1くらいを先頭。すると幹事の女性から「足が痛いといっている女性がいる。殿をつとめてくれませんか。」と言われた。その女性は小学校のときにも一緒だった女性でよく知っている。ひざの関節が痛いのだそうだ。
実は私も3年前に同じところが痛くなった、医者に靴の中敷を作ってもらってそれを利用したり、温泉に行ったり、腿を鍛えたほうがいい、と言われてスポーツクラブ通いをしているというような話をした。彼女も同じようなことをしているが治らぬそうだ。
見ようによっては、ほぼ平坦な障害物のない道を、たかが10キロである。今日は青梅街道をあの「新宿青梅カチ歩き大会」のゼッケンをつけた沢山の人が歩いていた。あれは飲まず食わずで、43キロを歩くのだそうだ。それに比べれば・・・・・。
「人生の秋に、あるいはもう冬に入っているかもしれない身に、歩こう会で、秋を見出すなんて、小さすぎてできません!」となんだか尻をめくっている感じのものもあった。
そう、小さな秋なんて感傷的になっている場合ではないのかもしれない。
最後に、「この穏やかな秋の日がいつまでも続くことを願っています。」という作品があった。私も本当はそのように感じている。
追記 私の「小さな秋みつけた」だけ紹介します。
*小さな秋
緑道に、赤紫色の花をいっぱいつけた萩が、小雨に濡れていました。
パソコンに「萩」という字を数回打ってみました。カーソルをあわせて全部指定しました。
書式欄、フォント、サイズを開いて一番小さな文字サイズ8をクリックしました。
大きな虫眼鏡を取出して覗き込んでみました。
ほら、クサカンムリの下に小さな秋がいっぱいあるでしょう?
註 ご意見をお待ちしています。
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