「日曜日には若い女の子のムンムンムレムレをじっくり見にゆくよ。」
といったら、ガールフレンドのAさんが目をむいた。彼女に私はいつも尻の下だが、私だって牽制球を投げることもある・・・・。
東京国際女子マラソンの警備を頼まれた。このマラソンは79年に始まり、今年で29回目。しかし最近は石原都知事の肝いりで東京シテイマラソンが行われているから、今年が最後になるかもしれない、と言う。妙正寺公園では、酒屋の田中のおじいさんが、警備員集めの中心人物で、今年は法事や病気で人手が足りない、と言っていた。サンデー毎日の私、家にいてもろくなことをするわけでなしと、つい来ることを約束し、黄色い大会用のジャケットを受け取ってしまった。このおじいさんの集人能力は凄い、この地区から200人も参加とか。幸いよい天気。警備員は10mに一人づつ配置するのだそうだ。すると42キロのマラソンコースには全部で4200人も必要ということになる。交通費だかなんだか知らないけれど3000円くれる。人数の多さと、費用がかかることに驚く。
本当に実力の差の出るゲームだ。私がまかされたのは、靖国通り慶応病院の四谷三丁目より交差点付近、調剤薬局の前である。千駄ヶ谷の出発地点から1キロか2キロの地点だろう。道路規制が選手の通過する時間だけしかれる。車両通行禁止、横断歩道通行禁止、ガードレールのないところにはテープが張られ、文字通りなにもない靖国どおりが出来上がる。やがて規制予告車に続き警察や報道陣の車が現れる。12時10分にスタートした選手は20分くらいにつくが、もうトップグループは招待選手と外人に絞られていた。
渡されたカラフルなプログラムによれば招待された外人が6人、これは1-6番のゼッケン、国内招待選手が5人,31-35のゼッケン、一般参加の国際の部が51-188まで138人。市民ランナーで501-951で452人、トップの501番はあの谷川真理。
やがて二桁組、三桁組が通過してゆくが、この辺になると道一杯に選手が広がる。
朝日新聞が応援用に紙の旗をばら撒いており、子供などがロープからせりだし、これを振って、声援を送る。こちらは選手に当たらぬかと心配する。しかしムンムンムレムレにうっとりの時間はすぐに過ぎ、以後1時間以上やることなし。喫茶店で時間を過ごす。
2時前に再び警備地点に戻る。まもなく先ほどのように規制が引かれる。渋井が30キロ近くで脱落した、という声が聞こえる。このごろはワンセグというのがある。
四谷三丁目付近、何台かの車の後ろから歓声が聞こえてきた。ゼッケン番号31番、野口みずきだ。帰りは道路の反対側を通るから、我々は分離帯の向こうに見ることになる。しかし全体の肢体がかえってよく見えるとも言える。小柄な体を思い切り弾ませて走ってゆく。日焼けして筋肉が躍動し、実に力強い。後で知った話だが、記録は2時間21分37秒の大会新記録だったということだ。自身が05年にベルリンで出した世界歴代3位のあの2時間19分12秒にはおよばぬものの素晴らしい記録である。
2位はなかなか現れなかった。2分くらいたって黒人選手、ゼッケン番号1番、ケニアのサリナ・コスゲイだ。野口が150センチと小柄なのに対し、170センチの長身。足が気持ちいいくらいすらりとしている。続いてイタリアのブルーナ・ジェノベーゼ、第26回大会の優勝者である。4位が日本人では2番目の尾崎だった。渋井は、随分疲れた様子で7番目にやってきたが、それでも日本人の中では4番目。それから1時間余りの間に選手が次々に帰ってくる。実力どおりで大体ゼッケンの番号がだんだん大きくなってゆく。走りもだんだん一般庶民?に近づいてくる。
出場選手の最年少は19歳、あまり若くては、マラソンは無理なのだろうか。最高年齢は63歳、本当によく頑張る。その話を仲間のおばさんにしたら「体重は、皆さん40キロ台だわね。」と、わが身を見わたしながらおっしゃった。運ぶものが重いとマラソンには不利なんです。なお、身長、体重は掲載されているけれど、B.W.H.はでていない。
4時くらいになって「3000円では全くボランテイアだなあ。」なんてブツブツ言いながら、それでもみんな幸せそうに帰路についた。夜、木枯らし一番が吹いた。
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