615「町は変る・・・・」(12月10日(月)晴れ)

半年位前のことだった。
「土地の境界石の確認の立会いをお願いしたい。」と測量士がやってきた。
「お隣のAさんが亡くなられました。それに伴って土地が競売にかけられたのです。」
そんな話は知らないからきょとんとしていると
「チェックしたところ、借金の方が多かったために相続を放棄されたのですよ。」

Aさんと私の家の接している部分は僅かである。東側の5mくらい・・・。そんなこともあってほとんどお付き合いは無い。一度逆に父が亡くなってその相続のために立ち会ってもらった事がある。一人で住んでいるということで私くらいの年齢に見えた。
15年も前に、亡くなったオフクロは行き来していたらしく、「あそこはA毛織グループのご親族だった。」と話していた。A毛織は和服生地の製造元か何からしいが、業績はあまりよくない、とも聞いた。

10日ほど前、何か朝からうるさかった。アパートの引越しか、あるいは怪しげな奴でも入り込んだのか、と心配したがそうでもなかった。少し経ってから隣の家を壊し始めたのだと知った。やがて白い布がかけられ、家が倒され、ここ2,3日はブルが入って最後の仕上げにかかっている様子だった。もうAさんの家は跡形もない。一件抜けると随分スカスカした感じがする。気がつくと東側のとおりに面したアパート、A家南側にある日本銀行の土地などが丸見えである。あの空き地にどんなものが立つやら・・・・・。
古い町並みは皆保存しろ、などと言うつもりはない。私はそれほど感傷的ではない。大体残すべき建物と壊してよい建物の線引きの基準は何なのだ?

しかし驚くのは町の変貌の早さだ。私がこの家に移り住んできたのは、昭和22年。裏の農家と50mほどのCさんの家をのぞけば、ほとんど畑であった。思い切り大声を出せば200m先の友達の家に呼びかける事ができた。Bさんの庭は、樫の木が生い茂り、よく蝉を取りに行った。木のおかげで地面にはうっすらとコケが生え、すべりやすかった。Cさんの家からは、大きな桜が道路にせり出していた。Bさんは、回りを切り売りし、家を建て替え、世代も変わって、アパートと住居になった。Cさんも、切り売りしたり、税理士が所有したりした後、結局は建売になり、今は何軒もの家がひしめいている。あいだの空間だった畑は、みんな住宅地になってしまった。そういえば肝試しをしたお稲荷さんがあった。お稲荷さんも、その辺を流れていた川も、一度凧揚げ中に落ちて笑われた肥溜めも、みんななくなってしまった。

変わるといえば、荻窪駅周辺だって凄いものだ。大体移り住んできた頃、荻窪に行くには歩いてゆかねばならなかった。母に連れられて荻窪で買い物などし、帰りに四面道にあった宝来屋でお菓子を食べさせてもらうのが大変な楽しみだった。駅も変わったし、都電もマーケットもなくなった。高層ビルがどんどん建っている。この前そのうちの一つに勤めるという女性が、私のアパートに住みたい、と申し込んできたのには驚いた。あの頃の人が今の時代にタイムスリップしてきたら・・・・多分、いや絶対にここが昔のあの町だなんて絶対に分からない。
これから同じくらい時が流れたら一体どういうことになっているのだろう。今のトレンドのままに緑がなくなり駅周辺は高層ビルばかり、環八筋はマンションが林立し、住宅街はますます小さな住宅がひしめくようになるのだろうか。しかしそのようにトレンドで考えることには、大きな誤りがあるような気もする。地震があるかもしれない、富士山が爆発するかもしれない、戦争があるかもしれない、よその国に征服されるかもしれない・・・・・全く予想がつかない。

もう少しで、Aさんの家があったこともすっかり忘れられてしまう。私はどんな建物が立ち、我が家の朝日をさえぎることはないだろうか、と心配する程度ではあが・・・。

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