617「敷島の大和の国のクリスマス」(12月22日(土)曇りのち雨)

これ以上ないくらいに寒い日。ラジオ体操で元気者のオバサンの一人が言っていた。
「冬至だわ。これからは日が長くなるわ。今日はカボチャを食べるのよ。」
そうだ、冬至だ。これから日が長くなる、なんてうれしい。
しかしやっぱり町を歩くと目立つのはクリスマス。
世界のクリスマスの歴史などは過去に書いた。日本で始めてクリスマスを祝ったのは16世紀半ば、山口の教会とか。江戸時代は押さえられていたが、大正時代くらいになってデパートなどが宣伝に利用し始め普及したらしい。ただ現代の日本人の多くはキリスト教を信じてなんかいない。お祭りムードで浮かれているだけ。
天皇誕生日はあさって。これも近い。憲法では天皇を日本の象徴と定めている。それならサンタクロースより日章旗をかかげ、天皇のご親影を飾ったら、と特に進歩的文化人を名乗る人々や某新聞社に提案したい。2000年以上前に生まれた男より、今上天皇様のお祝いのほうがずっと大事では?

しかし商業主義は大衆の心に如何に迎合し、如何に己の売り上げを伸ばすかに腐心する。
電飾イルミネーションが大流行。特に今年は青色LEDが普及したから一層華やかだ。
あんなものは省エネルギーに逆行する、といつか書いたが、そんなことは関係ないとばかり、あっちでもこっちでもイルミネーション。樹木も大変だろう。
家庭も時流に左右される。子供にはサンタさんの伝説が正しい、と思い込ませたい。サンタさんが煙突から入ってきて靴下にプレゼントを入れてくれる、と言う嘘を、煙突もないマッチ箱ハウスに住む子供たちはいくつまで信じるのだろうか。私は小学校高学年になるまで信じていた。近くの家では煙突がないから、はしごをかけて窓に登るサンタクロースを3人も配した人形を飾っていた。

しかしそんなに祝いたいなら、なぜ日本人独自のクリスマスを考えないのか。
日本人の得意なこと、何でも受け入れて自分流にかえてしまうこと、そこで提案!いっそのこと、天皇誕生日も冬至も一緒にして、お寺か神社が中心になって祝わないか。サンタクロースのおみこしを作ればいい。太鼓をたたけばいい。クリスマスツリーを樅の木なんて誰が決めた。紅葉だって桜だっていいじゃないか。「ジングルベル」のかわりに「お寺の鐘ルンバ」でも流せばいい。七面鳥の代わりには名古屋コーチンなら最高、比内鶏なら最高か、最低か?ウェブに「日本では政教分離のたてまえから祝日にできない」と書いてあったが、みんな一緒ならいいのではないか。

しかしこんなひねくれ口をたたきながら、私も人の子。
日程の都合上、今日はガールフレンドのAさんとクリスマスを祝って食事をすることにした。クリスマスは家庭で過ごす、というのは西洋的。最近ではレストランで食事をするものらしい。特に私たちのように若い二人?にとっては。
吉祥寺のあの「プリミバチ」。いつか書いたが、ファーストキスを意味する。不思議にこういうときは洋食系。縄のれんにおでんでは様にならぬ、と誰がきめた?
ケチン坊の私は、パソコンでサービス券を探してみるが「12月21-24日は適用できません。」
当たり前と言えば当たり前、しっかりしている。階段をあがり、ボーイに案内されて窓際の席に着く。窓越しに暗い井の頭公園。良いムード。

プレゼントはこれ、と渡すとAさんは目をむいた。我が家でもいできた柚子が5つ。それも形の不ぞろいの小さなもの。22日は冬至、ゆず湯に入りたい、というからご要望に応じてプレゼントと言うわけ。もっとも女性の強くなったこの時代。とても柚子では収まるまいと、別にプレゼントは用意したけれど・・・・・。
3時間後、寝床で暗い天井をみながら考える。「日章旗を掲げ、七面鳥を食い、ゆず湯に入る」これが正式な敷島の大和の国のクリスマス!

追記 ちょっと知ったかぶり
敷島の大和の国は言霊の 助くる国ぞま幸くありこそ
(万葉集 柿本人麻呂が旅立つ者を送るときに詠んだ歌です)

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