新橋演舞場で公演中のスーパー歌舞伎「ヤマトタケル」を見る。
「ヤマトタケル」は、1986年に市川猿之助によって初演。同時に「スーパー歌舞伎」という今までになかった新しい歌舞伎を開いたのだと言う。
脚本を書いたのは梅原猛と言うことで、歌舞伎の脚本は始めてとのこととか。
今回は市川猿之助率いる澤潟屋一門の市川右近、市川段治郎のダブルキャストによる公演。
事前に梅原猛の脚本を読んだが、話は古事記にまったく忠実である。
主人公のヤマトタケルは神武天皇から数えて第十二代景行天皇の御子小碓命(コウスノミコト)のことである。このころ大和朝廷は日本全体を支配していたわけではなく、各地に朝廷をまつろわぬ、つまり言うことを聞かない賊共が群雄割拠していた。
天皇が三野国造(ミノノクニノミヤツコ)の娘、兄比売(エイヒメ)、弟比売(オトヒメ)がその容姿が麗しいと聞いて、大碓命(オオウスノミコト)に召しだすよう命じる。ところが彼は、二人の姫を自分の妻とし、他の女性を差し出す。その上、朝夕の大御食(オオミケ)にも姿を見せない。そこで弟の小碓命(コウスノミコト)に呼びだすよう命じる。
しかし彼は、兄から天皇に対する謀反の話を打ち明けられると殺してしまう。それを知った天皇は、大層怒り、西の国の熊曽建(クマソタケル)兄弟討伐を命じる。小碓命(コウスノミコト)は「生きて帰れまい」と嘆くが、祭りの日に女装、舞姫姿で熊曽建(クマソタケル)の館を訪れ、隙をみて兄弟を殺してしまう。弟が、殺されるときに、その強さゆえに「これからは「ヤマトタケル」と名乗りたまえ」と申し上げる。
「ヤマトタケル」は奈良に戻るが、父帝の許しは得られず、すぐに蝦夷征伐を命じられる。伊勢神宮で叔母の倭比売命(ヤマトノヒメノミコト)から、剣と御嚢をたまわる。相武国(サガムノクニ)で騙されて、野に導かれるが、剣で草を払い、御嚢から取り出したヒウチ石で火をつけ、逆襲、逆賊を征服する。走水から船を出して海を渡ろうとすると、海が荒れて船が動かない。祈祷師がいうことに「海の神が怒っている。ミコトの一番大切なものを差し出せば収まる。」それが同道した弟比売(オトヒメ)と知り、愕然とするが、オトヒメ自身が承知し、入水して難を逃れる。
熊曽神話とこの辺の話は子供時代に何度か聞いた記憶があり、親しみ安い。
このような苦労を経てようやく蝦夷を征伐し、ヤマトタケルは帰郷の道に就く。尾張国造の歓迎を受け、その娘美夜受比売(ミヤズヒメ)とも結婚する。国造の話で伊吹岐山(伊吹山)に住む神を討ち取りに出かけるが、神の化身の大きな白猪が出るなどして苦戦。この白猪はなんだか獅子舞の獅子を思わせた。ようやく山の神は倒したものの、病にかかり、大和目前にして他界する・・・・。
ガールフレンドのAさんが「宝塚と従来の歌舞伎をミックスしたような・・・・」と言ったがそのとおり、舞台装置、衣装などなかなか絢爛豪華である。特に衣装、きらびやかな冠、役人たちの空色を基調とした衣装、死後現れる兄比売(エイヒメ)等の白と金色を基調とした衣装などなかなか雰囲気に合い、しかも品がある。
映像・サウンド技術を駆使している。走水沖でオトヒメが入水するシーンでは茣蓙のようなものを投げ入れたかと思うと、揺れ動く波の上に畳が並ぶ。どのようなトリックを使ったのか、考えたがわからなかった。死後、ヤマトタケルが白鳥となって天に舞うシーンは楽しませる。熊曽建退治のおりの変身シーン、白猪と神の変身シーンなども目に付く。
歌舞伎を日本の伝統文化などとあまり窮屈に考えず、とにかく楽しもう、と言うムキにはお勧めであろうか。
また戦後の教育のために、学校で建国神話、古事記、天皇の話などほとんど教えなくなった。私自身も実は古事記を今まで通しで読んだことはない。これを機会にそういった方面も少しは勉強しておくのもよいのかも知れぬ。
註 ご意見をお待ちしています。
e-mail agatha@bekkoame.ne.jp
home-page http://www.bekkoame.ne.jp/~agatha