昨年暮れあたりから、論語、孟子、老子、荘子などを読み始めた。・・・・という話を友人にしたら、「もちろん原文で読んだんだろう。すごい。」と皮肉?を言われた。とてもそんな能力はない。原文、書き下し文、さらに訳文、解説まで逐一載っている文庫本等である。しかし少しはわかった気がする。
書店でこの本(竹内照夫 平凡社)を見つけたとき、その延長で読んでみようと考えた。
四書とは、論語、孟子、大学、中庸である。五経とは、異論もあるらしいが、書経、易経、礼記、詩経、春秋である。
五経は西周末期に作られ始め、前770-前221年の東周時代に完成した。前551年の生まれと言われる孔子は、既に出来上がっていた五経に筆を加えたといわれる。その孔子が「論語」を著し、孫の子思が「中庸」を著し、孔子没後100年以上経てから孟子が現れた。彼の著作「孟子」をふまえて「大学」が著された。
秦の始皇帝のときに焚書坑儒(前213)で天下の書籍を残らず取り集めて焼き、多くの学者を穴に落として殺した。漢朝になって、儒家が復活作業と捜索の作業、テキストを作って写本を増やしたが、ここで多くの書き換え、簡略化等が行われた。
儒教が明瞭に国教となって、正統思想の地位を占めたのは漢の武帝のときである。人心を安定させ、民治の根本を立てるために「よろしく六芸(五経にくわえ楽経)の教科および孔子の学説以外の講究や学習は、一切禁止すべきである。」そして五経博士が設置され、教授・助教・学生とそろって経学の研究をおこなうことになった。
これ以後、孔子の尊崇、礼教の重視、儒教道徳の尊重等が歴代王朝の思想政策になった。唐の太宗の時に科挙制度が定められ、こちらも密接に関係した。宋朝ころには古来の道教、外来の仏教などの影響に加え、文献学・注釈学にとどまらず「経世済民」の功に役立つべきである、という実用的な見地からの検討が為された。朱子は理の哲学を立てて窮理を重んじ、自己の見解を自由に盛り込んで、諸経の注釈を著した。これを朱子学というが、元朝において公認され、明朝に至ると、政府の支持する「五経大全」「四書大全」「性理大全」など、朱子学説の教科書のみが重視されるようになった。しかし次第に形式主義に陥ったため、王陽明等が知識とそれに基づく行動を重視する「知行合一」を唱えた。
清朝は、その末期に、アヘン戦争で敗れ、西欧の力を認識させられるようになった。そんな中、康有為は、朱子・陽明学に精通、さらに西洋文明の影響を受け、中国を清朝支配下の基で改革しようとしたが失敗した。現在でも台湾では儒教尊重の伝統を保持する風潮が残っている。中国本土では慣習的孔子崇拝や儒教尊重はなくなったが、一般の文化遺産たる古典の一類として研究の対象になっている。
長々と中国思想のバックボーンとしての「四書五経」の歴史を述べたが、本書はそれらの簡単な紹介とコメントである。書経には、中国の創造神話から夏、殷、周王朝の記録が記述されている。古代王朝にとって、易占と亀卜は予言の手段で、政治に非常に重要であった。また礼は、国の秩序の基と考えられたから、易占と並んで重視された。そのために易経や礼教が重視された。周代になって、古代思想は、合理主義・倫理主義に傾いた。詩経は当時の詩であるが、人間が個人的にも集団的にも、多様・詳細に観察され、民謡、抒情詩、あるいは風刺詩として自由に表現されている。春秋は戦国・春秋時代の事実の羅列である。
概論記述の中で、「論語」についての考え方が興味を引いた。
「論語」の目指す君子は、王侯貴族に仕える貴人・優秀な男子と考えられるそうだ。古代中国の国家は軍人国家であったから、この時代の君子は一面軍人的側面を持つ。孔子は、本質的には平和主義・徳知主義を志向したから、優秀な為政者、徳化力のある指導者を仕立て上げようとした。そこで彼らに天命・運命のもと使命感を自覚することを促した。しかし人が得意のときに、使命、天命を感じて躍動することはたやすいが、失意のもとで心を平静に保つことは難しいようだ。孔子自身も例外ではなく、志学から五十になって天命を知る章句も、思索と試行錯誤の後にたどり着いた境地、といえようか。
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読者からつぎのようなメールをいただきました。
読者a:四書五経のお話は勉強になりました。ただ過去中国が停滞した理由も四書五経に思想統一し自然科学等他の学問が発展しなかったことが近代化に失敗した理由ではないかなという感じがします。今も聖火リレーの混乱を見ていると経済成長はしたかもしれないが、あの国の将来はどうなるのかなというう思いです。
読者b:論語は高校のときに全編の半分くらい読みました。当時は好きでした。
でも今の中国にはあの孔子とは別の人種が住んでいるのだと思います。
今の中国は好きになれません。