659「文化のパッケージ、電子辞書」(3月28日(金)晴れ)

ガールフレンドのAさんが、電子辞書を便利に使っているのを見て、そのうちに買おうと思いながら1年くらい過ぎてしまった。それを今日出来心でふっと買ってしまった。スポーツクラブの帰りに、ふっと立ち寄ったラオックスで気に入った商品があった、店員が感じがよかった、たまたま財布に現金があった・・・。物を買うなんてこんなものかもしれぬ。

それにしてもよく載っている。
スーパー大辞林、類語新辞典、全訳古語辞典、パーソナルカタカナ語辞典、漢字源、故事ことわざ&四字熟語、慣用句辞典、言葉の作法辞典をベースに英和・和英辞典、医学辞典、百科辞典、旅行会話事典、パソコン辞典など生活に必要なものはほとんど揃っているようだ。50冊になるのか、80冊になるのか検討がつかぬ。
これに載せるについてそれぞれ著作権料を支払っている筈である。一体本体機器はいくらで、著作権料はいくらなのだ、と聞きたいくらいだ。それにこの辞書には追加機能がある。たとえばスペイン語の辞書をつけたいと思えば、別にチップを買ってくればいい。

自分だけの物、というのは現代の電子機器の一つのキーワードである、と思う。好きな音楽、好きな書物、そういったものを取り込み、自分に一番都合のいいものを作り上げる。
手元に1995年製研究社の電子辞書がある。英和・和英中辞典だけである。随分変ったものとびっくりする。他のメーカーが「これからはパソコン」と鎬を削っていた頃、シャープだけはこの電子手帳に走っていた。「本道を外れたやり方だ。」と思ったものだが、苦労をすればそれだけ報われる、と言うのかたいしたものだと思われる。

それにしても日本人は実に器用だ。
一つの機器が開発されるとそこに自分自身の文化を次々に取り入れて行ってしまう。もう滅びてしまったけれどワープロ文化だってそうだった。外国人はタイプライター以外何も考えなかった。日本人は、字体から印刷スタイル、絵文字まで様々なものを、あの四角い箱にとりこんでしまった。その頂点がが携帯電話である。こちらは気がつけば外国人にはおよびもつかないような機能がずらり・・・・・。写真や動画が取れたり、テレビが見られたり、あるいは絵文字があったり、よくもまあ考えるものである。

そういえば、この電子辞書にもワンセグ機能のついたものがすでに出ていた。
電子辞書もこれからドンドン変ってゆくのだろうなあ、と思う。私の買ったものはシャープ版であったが、カシオの方は広辞苑がはいっている。しかし最近広辞苑は大幅改定された。そんな改定に加え、将来はカラーになるような気がする。パソコンと接続でき、必要なサイトの情報を取り込めるようになるのではないか、とも思う。Ipodのような機能をもつのかもしれない。

こういうものの外国語バージョンはどうなのだろう。中国語バージョンは四書五経が入っている?イスラムバージョンはコーランが入っているに違いない。ヨーロッパ版は聖書だ。そうなると電子辞書は文化そのものパッケージではないか。
方向としてはどちらがどちらを備えるのかしらないけれど、携帯電話、電子辞書、テレビそれらの機能を兼ね備えたものが出るような気がする。

「その結果、テレビやパソコンが売れなくなるわ。」とAさん。
ところがそうでもないのである。一つの機械にいろいろな機能を盛り込むことは出来るけれども、それは所詮一緒盛の大皿。専用機は必要ならば結局残るような気がする。
携帯電話にカメラ機能がついたけれども、それだからと言ってカメラがなくなったわけではない。むしろ一眼レフカメラ、小型カメラに別れ、それぞれ市場を伸ばしている。ウエブサイトを十分に利用しようとすれば、やっぱりパソコンに頼る。
そんな風にして市場をどんどん刺激して、個人の欲望を膨らませ、無駄な買い物をさせようとするのが、メーカーの作戦。わかっちゃいるけど「煽てとモッコは乗り安い」庶民の事情、止められそうもない。

追記(5月18日)2ヶ月ほど使ってみて非常に便利、それどころか現代人にとって必須の商品ではないか、と思えてきた。子供の教育、自身のボケ防止、仲間内での議論、大切なのは何か疑問に思ったとき、すぐに答えを出す、ということである。「後で」「そのうちに」などというのは、結局疑問をそのままにしてしまう。その点素晴らしい商品。この前新聞が、あなたはパソコンと携帯電話とどちらがないと困るか、とのアンケートをとっていた。携帯電話なんかなくたっていい。比較するなら電子辞書とパソコンだ。

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