友人から薦められて中国の古典小説「聊斎志異」を読んでいる。
全編ことごとく神仙、狐、鬼、化け物、不思議な人間に関する話。全12巻491編(付録9編)のうち、岩波文庫版には上下2冊92編を選訳してある。
聊斎志異をインターネットを使って調べると、10万近くがヒットする。好きな人間は多いものだ、と感心する。作品のいくつかを数行にまとめ、本文から借用した絵も掲げている者までいる。別のサイトでは多くの話を中国の文献に習って鬼異編、狐異編、神異変、人異変、物異変にわけていた。興味のある人はそちらで読んでもらうとして、いくつか例をあげると・・・・・。
「28二人妻・・・蓮香」
「生員の桑暁は、終日書斎に閉じこもって勉強していた。ある晩、妓女をしている蓮香と名乗る美女が尋ねてきてよい関係になり、4,5日に1度は尋ねてくるようになった。それからしばらくして別の女性、良家の娘で李、と称する美女がやってきてこちらとも関係した。二人の女の相手の探りあいが始まり、李は蓮香を狐であるといい、蓮香は李を幽鬼であるという。二人はついに正体をあらわし秘術を尽くして対決するが・・・・。」後半で蓮香が桑との間の遺児を残して亡くなると、狐の姿に戻るところが面白い。著者自体が生員としていた頃の思いを小説化したのではないか。
「47蟋蟀(こおろぎ)・・・促織」
「明の宣徳時代(1426-35)に、宮中では蟋蟀同士を戦わせるという遊びが流行った。そのため毎年、各地では強い蟋蟀が高値で売買された。華陰県の知事は村に強い蟋蟀を集めるため、成名という若者をその係にした。彼は、一日中蟋蟀探しに邁進し、ついに強い蟋蟀を捕まえた。しかしそれを9つの息子が殺してしまったので、さあ大変。辛い思いをしてもう一匹捕まえる。小さい割に強く県知事から褒美をもらい、それから成の運が開いていった。」・・・・著者が生まれる前の話だから、何かの話を下敷きに創作したのではないか
「91命拾い・・・鬼隷」
「済南に住む捕吏ふたりが、他府へ出張した帰り、同じような身なりの二人にあう。彼らは「済南が大災害にあうことになっている。その時の死者の名簿を東岳大帝のもとに届けるのだ。」という。これは大変と、その言に従って戻らずにしばらく避難していると、果たして済南に北(清)軍が殺到し、住民100万が殺された。」これは1639年に実際に起きた事件である。作者はそのような噂話を聞いたか、あるいは本当に体験したか・・・・。
著者は、中国・清初の作家蒲松齢(1640-1715)。上巻の解説によれば作者が生まれた4年後1644年に明朝がほろび、異民族の支配する清王朝に移行、世祖順治帝が北京で即位する。清は投降した明の官僚を優遇し、在野の知識人を起用して人心の収攬を図り、科挙制度もすぐに復活させた。反清蜂起は何度か起こったが鎮圧された。
蒲松齢は1657年結婚し、翌年童子試(科挙受験資格試験。合格者を生員、通称秀才という)を受験、県、府、道三次の試験にすべて首席合格した。しかし、1660年から郷試(省段階の科挙一次試験)に挑戦するがことごとく失敗する。この間、科挙の形式的な論文にあきたらず、友人たちと己の感慨を発揮できる詩文を楽しみ会う集まりなどにも参加したが、一方で科挙を通過して官界に雄飛する夢もすてきれなかったようだ。副業で塾教師を勤める傍ら、30台の半ばから本作品に出てくるいくつかの作品を書き始めた。1679年に自ら「忽然40歳、人間(じんかん)に半生人たり」と書き、人生の節目を記念するかのように本作品の「自序」を書いた。生活の方は44歳のときに県の奨学生に選ばれ学費を支給されるなど一応の安定を見ていた。
1690年51歳で受験のとき、病を得て受験を放棄、夢を捨てることになった。自序を書いた時点で、本作品は一応まとめられたものと思うが、その後もいくつか追加した。1715年に風邪が原因で他界。76歳。
とにかく面白い。民間伝承、噂話等から取材、豊かな空想力と古典籍の教養を駆使して、小説?に仕上げたようだ。情報と実体験をうまく組み合わせたことが、成功した原因といえようか。最初は仲間内であったものが、だんだん人気が出て多くの書写本、印刷本が発行されたようだ。面白いのは、解説によると「当時の人々は幽鬼や精霊の存在、冥界にも出入りのできる「無常」のような人物の存在を信じていて、珍しいことではあるがありうることと思っていた。」としている点。私は、最初はそんな馬鹿なことを、と考えていたが、今でもUFOや宇宙人の存在が信じられ、真剣に議論されていることを思えば当たっているのかも知れぬ。空想力を働かせたいと考える人には一読をお勧め。
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