67「IWC下関総会」(5月27日 晴れ)

下関市で行われた國際捕鯨委員会総会が24日閉幕した。
会議は先住民の捕鯨枠をめぐり、日本と米国が対立、五日間の会期のうち、二日が空転する大荒れの展開となった。
日本は「反捕鯨国に支配されてきたIWCを正常化させ、悲願である商業捕鯨再開へ向けて、「商業捕鯨再開の前提となる新管理制度完成の件」「日本の小型沿岸捕鯨でミンク鯨の捕獲を割り当てる件」等を提案したが、採択に必要な4分の3の賛成票をうることが出来ず否決されてしまった。
逆に意趣がえしとばかり、米国・ロシアの提案するイヌイット族の生存捕鯨枠議案(ベーリング海で先住民がホッキョククジラを捕獲する件)を否決した。米国は「このままでは帰国できない」と苦りきり、議場外では「先住民を人質にした日本」と非難を繰り返したという。(日本経済新聞5月27日)
この総会は日本にとっては非常に重要だと思うのだが、案外新聞報道が少ない。またインターネット関係も最新の情報が少ないが、私なりに議論をまとめてみたい。
反対派の論点の第一は「乱獲がクジラを減らしてしまう」という訴えだ。
しかし現在の捕鯨対象は数が豊富な種に限られており、数が減ったザトウクジラ、シロナガスクジラ、マッコウクジラなどは20年以上も前に乱獲禁止になっている。
海洋生物学者等で作るIWC科学委員会の調査によると、世界には79種類の鯨類がおり、捕鯨対象となっている小型のミンククジラは南半球だけでも約76万頭。繁殖率は年5%前後と推定されるから4万頭近くが増えることになる。日本のこのクジラの捕獲数は数百頭などというのは、論外の数字なのである。
さらに全人類が、年間食べている魚量は、9000万トンであるのに対し、鯨類が食べる量は、5億2000万トンと算定されており、これは人間の5倍にもなる。
第二は「ほかに豊富な食料があるのに、なぜ鯨を殺すのか。鯨肉は人間の生活には不可欠ではない。」という考えだ。
牛や豚や鶏は結構で鯨はいかん、というのは論を待つまでもなくおかしな議論である。かわいそうだ、神聖だ、などと言ったところで牛を食べないヒンズー教徒も、豚を食べないイスラム教徒も、犬を食べない日本人もそれらを食べる民族を非難したりはしない。
大体、反捕鯨の急先鋒であるアメリカは1960年代までずっと捕鯨をやってきて、捕鯨のトップ国であった。彼らは不凍油である鯨油を取るだけで、肉などを捨ててしまうという無駄をやっていた。1853年にペリーが日本にやってきて開国をせまったのも、アメリカの捕鯨船員の保護と食料と、飲料水の確保であったことも忘れてはならない。
少し反捕鯨の話を歴史的に書くと1946年に国際捕鯨条約が締結され、捕獲が16000頭に規制されたあたりが始まり。49年にIWC第一回会議が開かれ、日本は51年に加盟した。
その後、数が減ったことを理由に先述のシロナガスクジラやザトウクジラが捕獲禁止になり、1982年に商業捕鯨モラトリアムが採択された。「鯨の資源量が把握できるまで捕鯨を見合わせよう」というものである。
反捕鯨国はアメリカのほかイギリス、オーストラリア、ニュージランドなどだが、これにモラトリアムを採択するために、アメリカが参加させたカリブ海の小国がある。最近加わった太平洋の島国は、オーストラリア等の影響で態度がゆれている。
しかし最近、全体の流れとして「海の幸に依存する島しょ国などの捕鯨に対する理解が着実に深まっている。」ことは事実のようだ。
モラトリアム撤回の根拠となるIWC科学委員会の調査 (RMS)は10年近く審議されてきた。ようやくミンククジラなどは鯨資源を管理する以前に比べても多すぎる状態であると認められるようになった。ところが英国のように「RMSの完成と商業捕鯨の解禁は別」と言い出すなど、最近反捕鯨国は「何が何でも捕鯨は認めたくない。」としている。
反捕鯨国が猛反対する大きな理由は鯨が環境保護団体のシンボルになっており、かれらにとって鯨は資金的に非常に重要だ、ということのようだ。
たとえばCO2排出や、砂漠化現象を食い止めようという議論は、経済先進国であるアメリカは率先しない。京都議定書の拒否がよい例である。ところが昔から鯨を食っていないアメリカは「鯨はかわいそうだ。」「鯨をなぜ食べるんだ。」という議論に共感する者が多い。その結果が有力な資金源になっているらしい。
また日本に牛などのタンパク源を輸出している、という事情もあるという。

私は論理的にはまったく日本の主張がただしく、アメリカの主張が間違え、と確信する。しかしアメリカという国は、今回の同時多発テロの動きを見てもわかるように、自分の主張を通すためには、手段を選ばない国に見える。そこが日本はIWCなど脱退してしまえばいい、といってもそうは行かぬ理由らしい。
となれば「昔に比べれば日本支持が増えた。ここまで来たのだから、(合理的なルール確率に向け)今後も頑張りたい。」とするより仕方のないことなのかもしれない。

最後にこの問題に少し興味のある人に、池澤夏樹「母なる自然のおっぱい」にある「ホモ・サピエンスの当惑」というエッセイを読むことを薦める。「捕鯨に反対する人々は、クジラを人類みんなのペットであり、食料ではない、と宣言した。それを具体的なイメージとして世に浸透させようとして多くのパブリシテイを展開した。それは日常的にクジラを食べない欧米の普通の人々の感情と感傷に訴えるのに成功した。」というあたりは。この問題の核心をついていると思う。

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