北朝鮮が、核問題をめぐる六カ国協議の議長国、中国に核計画の申告書を提出した。日本経済新聞に寄れば、その内容は、「*プルトニウムの生産量・抽出量と用途を記載、*核関連施設リストを掲載、*産業用低濃縮用ウランの在庫を記載、*核兵器の保有状況は開示せず、*高濃縮ウラン型計画と核拡散問題は別文書に記載」
本当にさわりだけで「核兵器の保有状況は開示せず」は大きな問題と考えるが、核計画申告などを柱とする核放棄の第二段階は完了へ前進した形で、画期的なものではないか。寧辺(ミョンビョン)の実験用原子炉の冷却塔が破壊されたシーンは印象的である。
日本政府は、日本人拉致事件で具体的な進展がない限り指定解除すべきでないとの立場を米政府に繰り返し伝えてきた。この点については否定された。しかし福田首相は「北朝鮮の核問題が解決する方向に進むのであれば、歓迎すべきことだ」と述べ、歓迎したようだ。
これに先立って北京で行われた日朝実務者協議で、北朝鮮は「日本人拉致問題」について「解決積み」としてきた従来の姿勢を転換し、日本が要求する再調査を約束した。同国に滞在する日航機「よど号」乗っ取り犯4人全員と家族2人の引き渡しに協力することも約束した。
日本政府は、こうした対応を拉致問題解決に向けた「一定の前進」と評価し、2006年から実施している対北朝鮮制裁措置の一部を解除・緩和する方針を決めた。
しかし再調査の具体的な方法、時期、期限等は決まっていない。北朝鮮単独なのか、日本側との共同調査なのかも未定で、真相究明につながる調査が行われるか否かは不透明である。
米国の妥協で、拉致問題についてはカードの一つが失われたわけであるけれども、痛手を最小限に抑えることは可能である。それは日本が冷静にこの問題に立ち向かえるか否かにかかっているといえる。
この問題について私は何か書きたいと思いながら自分の考えが纏まらなかった。
拉致被害者の言うことはまったく正論である。国家の主権を侵害して国民を拉致するなどという行為が許されるわけがない。しかし北朝鮮外交で一番重要なことは、北朝鮮におとなしくしてもらって、極東アジアの平和を維持することではないのか。頭にきてミサイルでも飛ばされた日にはオシマイではないのか。そのためにこの問題ばかりにかかずらわって、北朝鮮外交をストップさせてはいけない、と考える。
外交で平和を維持するにはある時点で妥協をせざるを得ない、と考えている。個人であくまで妥協せず自分を貫く、ということはいいかもしれぬ。しかし国家としてそれを強行するとおかしなことにならないか。日本人の対極には北朝鮮人がいるのである。喧嘩しているのである。日本人がまさに100%正義と考えていることが、向こう側から見れば、そうともいえないときもある。言われっぱなしは癪でほかの問題を持ち出してくることもある。この問題では第二次世界大戦中の賠償の問題である。日本流に言えばすでに代表たる韓国と話がついているからそれでいい、ということだろうがそれでは北は納得できまい。
拉致被害者の意向だけで日本の外交の進路をきめていいのか、との疑問もある。民主主義の考えに基づけば、外交関係も、日本人全員の総意に基づくべきである。マスコミは無責任に報道するが、「もうそのくらいにして、北と仲良くすべきだ。少々妥協しても商売優先」と考える人も多い、と考える。それらの微妙な舵取りこそ福田首相をはじめとする政府に期待される。
よくアメリカは勝手だ!という人がいる。日本人からみればその通りだ。しかしアメリカから見ればどうなのだろう。勝手なのは日本人とうつるかもしれない。
ある討論会でつぎのようなことを町村官房長官が言っていた。
「アメリカが日本のいうことをすべて聞いてくれると思ったら間違ってますよ。向こう様にも都合がある。逆に日本がすべてアメリカの言うことを聞かなければならない、いわれはない。今後拉致問題の解決等で日本が北朝鮮との交渉においてどのようにカードを切ってゆくかは我々自身がきめることです。」
その通りと思う。拉致被害者は気の毒だが、外交はその問題だけできめられるべきではない。そうした中で今回若干の北朝鮮は、国際社会の圧力によって軟化の兆しを見せたが、まだまだ先がある。もちろんこの問題で日米関係を冷やすようなことがあってはならない。
最後にそれでも北朝鮮は危険ということであるならば、日本としても己の身を守る算段を再検討しなければならないのではないか、頭の隅にそんなことも入れておかなければならないのではないか。
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