68「エッセイ風日記の薦め」(5月29日 晴れ)

勤めていた会社のクラブで、Y君の定年退職パーテイがあり出席した。出席者はほかにMI、MA、SH、OM、KO、TE各氏とそれに入社したときにY君の下で働いていたという若いYA君である。
日記をエッセイ風に書き出したのが昨年7月、10月からその一部を抜き出して、e-mailで高校の同期生、親戚や親しい知人に送っている。このメンバーの中ではY、MI、TE三氏に送っており、そのことが話題になった。最後にはYA君に「自分にも送ってくれ。」と頼まれた。

エッセイ風日記をつけ、それを公表することは自分自身にいろいろ影響を及ぼしているように思う。
1日1ページから2ページの長さだが、1ページは40字*36行、原稿用紙3枚以上になる。このくらいの長さになるとちょいちょいと事実を並べただけでは到底収まらない。
一つの事象について何か考えを持ち、論を立てなければならない。すると時によってはインターネットで調べるなど、深く考えかつ調べるようになる。さらに、話すのと書くのでは大違いであることに気がつく。書くためには思考をまとめ、それを読者にどう訴えるか考えなければならない。そういう意味で非常に勉強になるように思う。
最近、取り上げたものでは瀋陽領事館亡命事件。日本経済新聞の記事を切り抜いてあつめ、時系列順にクリップしてみた。するとこの事件にいろいろな見方があることに気がついた。そして事件の本質が、当たり前といえばそれまでだが、日本の難民へのスタンスがしっかりしていないことにあることも明らかになった。
バラの話は知人の花好きの女性の話がきっかけだが、彼女に教えてもらう一方、インターネットで調べ、図書館から本を借り、さらに西武ドームに第4回国際バラとガーデニングショウを見に行った。本当のところを言うと、バラと椿の区別もあやふやだった私だったが、このおかげで栽培してるわけではないのだが、少しは知った風な口を聞くようになった。
エッセイを書くコツをよく聞かれる。
テーマ選びについては、ものを見るとき「こんなことで話にならないか。」といつも考えるようにしている。
テーマが決まると切り口を考える。誰の視点で、どんなことを書くかを考える。必要なら資料を集める。インターネットが中心だが、時には図書館で本を借りたり、自分の書架を探したり、自分の推理小説のホームページを検索したりする。
それらに目を通した後、書き出すわけだが、とにかく最初の数行を書くことが大切だ。つまったらコーヒーなど入れて一服してもよいし、町に買い物に行ってもいい。しばらくしてまたパソコンに向かうと、新しいアイデアがわいてきたりして少し進む。なんとなくエッセイという糸をつむいでいるような感じがする。とにかくそんなことを繰り返すうちエッセイらしきものが出来上がる。それを何度か読み返し、朱を入れる要領で訂正したり、追加したり、削ったりする。
要はエッセイは、何も書く前に筋書きがすべて決まっていなくても出来るということで気楽に構えなさい、ということだ。
e-mailで送ってその返事をもらったり、送っている友達にあって、その論評をもらう、といった機会にもよく恵まれ、それも楽しい。
65回の「桜子」は美人で献身的な理想のロボットの話である。これなど「男の身勝手な発想だわ。」という反論があるあるかと思えば
「ソニーやホンダが同じような男性ロボットを開発しないわけはないでしょう。私はケチだからそうなったらバーゲンで3台買ってくるわ。TPOに応じて使い分けるの。」
「そうねえ、そうなると普通の男よりロボットのほうがいいかもしれない。だって機械だから精力はおとろえないでしょう。」
「ロボットが人間なんか馬鹿馬鹿しくなって、ロボット同士で恋をしたり、夫婦になったりするかもしれない。」
「でもロボット男3台なんて、寝かせるところがあるかしら。」
まったく中年女性は、ことこういう問題になると発想の豊かなことに驚かされる。
ところで本題。
こんな風だから、エッセイ風日記は定年後の趣味として悪くないと思いますよ。皆さんもトライして見てはいかがですか。

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