686「第63回目の「終戦の日」」(8月15日(金)晴れ)

政府主催の「全国戦没者追悼式」が日本武道館で開かれ、天皇、皇后両陛下や福田首相、遺族の約5700人が参列、戦争で命を落とした約310万人の冥福を祈った。首相は「過去と謙虚に向き合い、悲惨な戦争の教訓を風化させることなく、過ぎし日の史実を未来に正しく引き継いでいくことが戦没者の思いに答える道」また「一国だけの利益を追求する風潮がないとは言えない。内向きな思考のとりこになることなく、まなざしを世界に向けながら歩んでゆきたい。」と式辞。(日本経済新聞15日夕刊)戦後63年・・・・もう今年は戦没者の親の出席はなかった、と何かが報じていた。
靖国神社の方は、小泉前首相に、安倍前首相、閣僚では保岡法務大臣、太田農林水産大臣、野田消費者行政大臣が参拝したが、全体としては少な目のようだった、という。

手元に毎日新聞社の「昭和史全記録」がある。何時どこで購入したものか覚えていないが、こういう時期になるといつも取り出す書物である。
20年5月7日には、ランスとベルリンで、ドイツは連合国への無条件降伏文書に署名している。8日にはトルーマン大統領が日本に無条件降伏を勧告している。
よくその状態で3ヶ月も戦争を続けたものと思う。このとき帝国政府が声明を出している。「帝国の戦争の目的は固より其の自存と自衛に存す。是れ帝国不動の信念にして欧州戦局の急変は帝国の戦争目的に寸毫の変化を与ふるものに非ず。(以下略)」
この強がりと不決断が後の多くの悲劇を招いた、と言える。沖縄でひめゆりが自決したのも、フィリピンでルソンが陥落したのも、B29、562機による山の手空襲もその後に起こったこともこの結果である。もちろん広島、長崎の原子爆弾投下も、ソ連の参戦も・・・・。
原子爆弾の攻撃に関しては早くも抗議文をスイス政府を通じて米国政府に提出すると共に同様の趣旨を赤十字国際委員会にも説明するよう在スイス公使に訓令を出している。

8月15日に天皇詔書が発表されると、役人の変わり身はひどく早い。
このようなものもその一例か、18日には内閣省警保安局長から、「進駐軍特殊慰安施設について」なる秘密無電が送られている。警察署長は性営業に積極的指導と設備急速充実を図る、芸妓、公私娼妓、酌婦、常習密売淫売にて優先的に充足とある。

8月15日に鈴木内閣が辞職し、17日に東久邇宮内閣誕生。降伏に対する軍部の反発を抑えるため、皇室の権威が必要であるとして成立した。
28日に東久邇宮首相は「私は軍、官、民の国民全体が徹底的に反省し懺悔しなければならぬと思う。全国民総懺悔することがわが国再建の第一歩であり、わが国団結の第一歩であると信ずる。」との談話を発表。これには軍部や官僚、政治家の責任を国民全体にかぶせるものとの批判が起こった。しかしこの談話の判断は今でも難しいように思う。軍部や官僚、政治家の責任は大きかったろうが一般国民はまったく責任がなく、単なる被害者に過ぎなかったか?

ポツダム宣言受諾、降伏調印は9月2日東京湾に浮かぶミズーリ号艦上で行われた。わが国は全権委員重光外相、梅津参謀総長、連合国側はマッカーサー元帥はじめ各国代表が8項目よりなる降伏文書に署名を行い、戦争終結の事実が確認された。戦争終結の日がなぜ8月15日であるか、というのはこの辺もあわせて今でも時々話題になる。

もっとも以上書いたような話は私が成長してから仕入れた知識である。私の一家は、5月の横浜空襲で焼け出され、親戚の家で少しの間過ごした後、長野の山奥に疎開していた。東京にようやく父が家を建ててくれて出てこられたのは22年の4月まで待なければならなかった。

折から北京オリンピック。
夜には柔道100キロ超級で石井が金メダル、塚田は中国選手に有利に試合を進めていたが残りわずか12秒で背負い投げをくらい銀メダル。判定がどうの、マナーが悪いだのいろいろな声が聞こえるが、それでも200カ国を超える国が一堂に会してスポーツを行うなんて、実に平和な素晴らしい世界である。中国の切に望んでいるらしい国威とやらもあがればいい。本当に生きていてよかった・・・・。

現在日本人であの戦争を正当化したり、軍事力を強化して再挑戦、などと考えているものはいないと確信している。みな平和を望んでいるのである。少しでも日本にいい国になってもらいたいと願っているのである。しかしそうだからといって祖国のために戦って死んでいった人たちを忘れられるか、その責任に対する考え方の違いが、靖国神社参拝を行わせたり、千鳥が淵の戦没者記念碑に向かわせたりするのだろうか。

註 ご意見をお待ちしています。
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読者から次のようなメールをいただきました。

このまえの敗戦は結果的に見てダメな指導者が国を大きく誤らせたためと思う。
開戦の折、駐米経験の長かった有名な某軍幹部がいった。
 戦うも亡国かも知れぬ。だが戦わずしての亡国は、魂までも喪失する永久の亡国である。
 たとえ一旦の亡国となるとも、最後の一兵まで戦い抜けば、
 我らの子孫はこの精神を受け継いで、再起するであろう
この予言は当たったといえるのか、あたらなかったというべきなのか。
あと100年もすれば歴史家が決めてくれるだろう。

戦犯とか言う前に当時の指導者には日本人に対する指導責任で罪があると思うが
そのことはあまり議論されていないようだ。
その延長線上かそれほど大きくなくても、確実に方向を誤らせている指導者は現在では美辞麗句をな
らべて罰せられることもなく、のうのうとしている。
美辞麗句をならべるのではなく、これから国をどういう方向に導くのか
そういった議論が無いのが、この国の弱いところである。

小生の家のそばで三つの埋め立てた島がある。ひとつはこの大戦の途中で埋め立てが完了した島で勝利を願って「勝島」と命名された。ひとつは敗戦直後に埋め立てが完了したので当然「負島」とするべなのだが、美辞麗句のうまいものが「平和島」
と命名したのだ。その後しばらくして埋め立てが完了したのが「平和ボケ島」となるべきところ「昭和島」と相成った次第。
今回の首相挨拶も美辞麗句、結局のところ神社の祝詞であるが、そういうことは昔からうまい国民性である。問題はそれで本質に眼をつぶってしまうところか。