子供のときから庭の草取りに悩まされてきた。抜きながら雑草と観賞用の草花は、どのように区別するのだろうと思った。一つ一つ見ればどれもなかなか美しく力強く行きぬく工夫がされているではないか。たとえばヒメジョオン、あれは昔ヨーロッパで観賞用の草花だったのだ。それが幕末、または維新後に日本に侵入してきた。旺盛な繁殖力で増えすぎたためにいつの間にか雑草に入れられてしまった。
友人に勧められて田中修「雑草のはなし」(中公新書)を読む。かってこれに似た本を買ったことがある。大場秀章「道端植物園」(平凡社新書)で、今度のものにくらべてずっと詳しい。しかし途中で投げ出して、読まなかった。理由は図版が白黒線描きで、それらの絵からいつもみる雑草を思い浮かべることができなかったからである。この本は、其の点最初にカラーで図版がたくさん示されており、しかもその図版にそって解説されているからいつの間にか雑草の世界に引き込まれてしまうことがうれしい。
気になるいくつかの雑草について私のノート:
タンポポ:これも実は江戸時代は園芸植物であった。野菜として栽培されたこともある。私も時々花を摘んで楊枝に刺し。てんぷらにして食う。タンポポは花びらが一杯あるように見える。しかし花びらのように見える一枚一枚が一つの花になっていてつまみ出すとオシベもメシベもついている。舌状花というのだそうだ。
私たちが最近見るタンポポというのは、ほとんどが外来種のセイヨウタンポポだそうだ。花の基部を包んでいる緑の部分が、反り返っているものがセイヨウタンポポ、反り返っていないのが在来種である。セイヨウタンポポの繁殖力はものすごく強い。この書に寄れば在来種と違い、一年中花をつけ、種を作って繁殖し続け、一粒の種が3ヶ月で1000個に増え、6ヶ月で100万個になるとか。
ドクダミ:最近道端の雑草を食ってみせるTVタレントがいるが、この前ドクダミを天麩羅にして食っていた。我が家では旺盛な繁殖力で悩まされる草である。上手に抜くとつながった地下茎がずるずると抜けてくる。しかしこの花も観賞用としてガーデニングに使われることもあるといわれるから、見方によってはわからないもの。葉をもむと独特の強い臭気がある。この特有の臭気のために「毒が入っている」という意味で「毒溜め」といわれた。しかし毒どころか、昔から十種の効能があるといわれ、「十薬」との別名があるといわれるほど。葉や茎の乾燥したものを煎じると、利尿、便通、駆虫、高血圧予防などの作用があり、ナマのものは可膿部や創傷に貼るのに使われるとか。そのうち私も厄介になるかも知れぬ。
春の七草:「せりなずなごぎょうはこべらほとけのざ すずなすずしろこれぞ七草」は南北朝時代の四辻善成のものとされる。知ったかぶり大好きの私としては「漢字でかけますか。」「芹薺五行繁縷仏の座菘蘿蔔これぞ七草」が正解と思う。七草粥にするのだから全部食べられる。繁縷は、終戦直後食うものがないときに母親がおしたしにしてくれたのをよく覚えている。蘿蔔は大根、菘は蕪だから、今でもよく食べる。もっとも大抵は菜のほうでなく根の方だが・・・・。薺はぺんぺん草、どこかの文例で「薺粥食う」という言葉に出会ったから、昔はよく食べたのだろう。分からないのは、五行と仏の座。五行はハハコグサのことで、春に黄色い可憐な花を咲かせる。昔は三月三日の草もちをこれで作ったが、後に緑色の濃い蓬が使われるようになった。仏の座はタビラコと呼ばれる菊科の草花。黄色い花を咲かせる。
秋の七草:山上憶良の歌「萩の花尾花葛花なでしこの花 おみなえしまた藤袴朝顔の花」なでしこは撫子、おみなえしは女郎花。みんな食べられない。尾花はススキの穂のこと。穂が枯れたものは枯れ尾花、うちの女房、なんて言うのは誰ですか。
そのほか我が家にはびこる雑草を考えると、まずはウラジロ、抜いても抜いても生えてくる。なぜあんなものを新年のお飾りに使うのだろう。スギナ、あれはつくしと同じ根に生えるという。なぜスギナばかり、といつもしゃくにさわる。アカザ、あの茎を昔の人は杖代わりにしたというけれど、さすがにそこまで大きいものを見たことことはない。色々種類のあるカタバミは、芝生の中にいつの間にか生えて実に困る花だ・・・・・・。
この本は、こういった花について著者が思いつくことを次々に書いていった感じである。他の書やインターットで調べたりしながら読むと、いっそう興趣をそそられる。インターネットは便利で今は雑草の名前を入力すると大抵其の花の写真にぶつかる。
最後に著者は雑草を鉢に植えて育てているらしい。こういうのもなかなか暇な老人のよい趣味なのかも知れぬ。みなさんいかがですか。
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