この前三峰神社に一人で行ってからもう5年がたつ。
「むささび」が木の間を飛ぶのを見かけ、通信152に「座布団」なるエッセイを書いた。
あの神社をもう一度訪れてみよう、と調べてみて驚いた。あの大輪と頂上を結ぶロープウエイが昨年の12月に廃線になってしまったのだ。
かわりに西武秩父から三峰神社直通バスが平日には3本、土休日には5本出ている。
ウエブサイトを調べてみると大輪から三峰頂上まで歩いている者もいたが、高低差が700mもあるというから我々にはちょっと厳しい。
西武線井荻を8時前に出て、西武秩父10時10分のバスに乗り三峰神社に向かう。
バスは秩父湖を回るようにして登ってゆく。紅葉は今が盛りのようで山々が色づき美しい。増発して2台になったバスは満席。11時25分着。
この5年の間に神社はずいぶん整備された。本殿には駐車場、歩道が整備され、山門の額は金色に輝き、本殿やそのほかの建物は塗り替えられたり増築されたり金色の金具が取り付けられたりしている。昔はなかったように思うヤマトタケルの像などが祭られ、さらには三峰グッズが売られ、温泉にもつかることができるようになっている。コンビニで買ってきた握り飯を食い、施設内のしゃれた喫茶でコーヒーを飲んだ。
時間があったので廃止になったロープウエイ駅まで歩いてみた。コンクリート道を行き、帰りは公園の中を別ルートで戻ってきたが30分強、いい運動になる。ロープウエイ駅は解体中で神社を模したような切符売り場も荒れ果てていた。
13時45分のバスで下山。
宿は和銅黒谷(こくや)にある「和どう」に決めていた。街道沿いにありながら、荒川の源流である横瀬川を背に、なかなか落ち着いた旅館である。708年に日本最初の流通貨幣「和銅開珎」が作られたが、旅館のある和銅黒谷の遺跡から発見された。珎という字は、本来はチンと読むが、和銅開珎は「わどうかいほう」と読まれていたようだ。
翌日時間もあるからと秩父観音霊場第1番曹洞宗四萬部寺(しまぶじ)をへて、秩父まで歩くことにした。「歩くんですか。」と宿の男は呆れ顔だったが、せいぜい強がりで「歩くのにはなれているんですよ。」天気はよく風もなく、絶好の行楽日和。美の山口から瑞岩寺方面に向かいしばらく行き、左に入る。時には民家の庭に柿の実などがたわわな里の小径を行くと、神社、それも超えてゆくと、何本もの南無阿弥陀仏と染め抜いた赤い旗の向こうにその寺。いかにも山の寺という雰囲気で落ち着いている。重要無形文化財にも指定されている本堂は入母屋つくりで、木製聖観世音菩薩像が祭られ、天井には狩野派の手による龍画が描かれている。例年8月24日の大施餓鬼会は関東随一といわれているとか・・・・・。
横瀬川を渡り、川と並行して走る県道らしい通りを行き、4番の曹洞宗金昌寺。山門に人の背丈ほどの大きな草鞋がかかっており、その上下をお坊さんらしい人が白く塗っている。「皆さんと一緒にもち米の稲藁から作りましたのじゃ 、ここに作った者の名が書いてある。」.「ここは小さな仏様が全部で1319体おられる。多くは江戸時代大奥奥女中の水子地蔵や浅間山噴火の際なくなったものの霊を祀ったものじゃ。」石段を登ってゆくと小さな古びた仏様が沢山。登り詰めたところに本堂。3間4面唐風の江戸中期の建造物。格子の奥には十一面観世音菩薩があるはずだが、よく見えぬ。変わって回廊に子に乳を含ませる慈母観音像。
お坊さんに教えられた裏道を行くと、やがて5番の語歌堂。臨済宗南禅寺派のお寺だが、人はいない。納経は少し向こうの長興寺で受け付ける。准胼観世音という耳慣れぬ観音様がおまつりしてあるらしいがよくわからぬ。
ここから西武秩父までの間には10番大慈寺、11番常楽寺があるが、少々疲れてきたので省略した。国道299号に出て、上野町交差点まででればもうすぐ、少し頑張れば秩父神社も見られる。ご当地名物秩父そばの昼食をとって帰路についた。
(後記)三峰山は、本来は奥秩父山塊にある妙法が岳(1332m)、白岩山(1921m)、雲取山(2017m)の総称であるが三峰神社があるその頂を三峰山と認識することも多い。三峰山から雲取山にいたる道は「三峰・雲鳥自然研究路」(登山道10km)となっている。一帯は霧が多く野口雨情は「朝にゃ朝霧、夕にゃ狭霧、秩父三峰霧の中」と歌っている(Wikipedia)。我々では無理だろうが、実は神社から妙法が岳までなら1時間半くらいで行けるとの事、面白いかもしれない。
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