710「定額給付金と税金」(11月12日(水)曇り)

1万でも2万でもお金をもらえる話は、口にこそださねど、重要と考えるのか、新聞でもテレビでも話持ちきりである。
日本経済新聞に町の声が出ていた。「給付金方式は分かりやすくていい。」「普段行かないような店で食事をしたい。」「来月で65歳になるからぎりぎりセーフ、子や孫にお子遣をあげたい。」これらはそれでいい。「一、二万を給付することに意味があるとは思えない。フリーター対策にでもまわしたら」「給付金は選挙対策にしか見えない。給付にお手間がかかるならもらわなくてもいい。」こういう人は素直に辞退すれば良いのだと思う。
給与対象者の所得制限について市町村で判断することになりそうだ。しかし市町村は事務量が増えると「負担増大」「サービス低下」などと主張しているという。

私が市町村の長だったら、別に悩まない。所得が1800万円以上かどうかなんて調査しない。変わりに給付金辞退制度を設ける。もらわなくてもいいと思っている人、寄付してもいいと考える人のために公が辞退制度をもうける。実際に辞退した人は記録しておく。
最後に、彼らを区民会館の特別室にでも招待して感謝のパーテイを開く。区長がにぎにぎしくお礼の言葉を述べる。余った金はフリーター対策でも路上生活者対策でも使えばよろしい。招待されたご夫人は、知人や近所の人に言いふらすだろう。「今日は区長さんと会食ですのよ!あら、お宅はご招待をうけていませんの?」

こんな発想が浮かばないのは、一つには税金を払うものに対して感謝する、という心が欠けていること、もう一つ、役人が国民の善意を信じていないからではないか、と思う。
税金は、収入が皆同じなら、同じだけとればいい。しかし実際は生活に苦しい人が多いし、行政も金が必要、よって余力のある人に負担をしてもらっているのである。従ってそのような負担をしてくれる人には感謝する必要がある。また彼らはそれなりに心得ていて、賞賛されるなら負担をしてもいいと考えるのではないか。
よく何かことがあるとお金持ちが寄付すればいい、と考える人がいる。しかしそういうことを税金を払っていないような人が、大声で言うべきではない。払っていない人は下世話な言い方をすれば「ただ飯」を食らっているのである。
公害の訴訟でも、戦争の被害でもいい、被害者が国に賠償を求めると、マスコミはそれをあおりいかにも同情的な報道をする。確かに同情すべき点は多かろう。しかし国が賠償をするということは、税金から一部を割いて払うということである。現在の納税者が負担するということである。こういう話を聞くたびに、それは私が一部でも払わなければならぬ筋のものなのか、つい考えてしまう。しかもそれを払う国が、悪者にされるよう報道には納得できない。
本来的に、収入が少ないことは自慢すべきことではなくて恥ずべきことだ。もちろん悪いことをしてでも稼げ、などというつもりはない。しかし社会での義務が果たせていない、と一歩下がって考えるべきなのは当然だ。
逆に沢山払っている人は国家はその人たちが賞賛されるような、税金を進んで払いたくなるようなシステムを考えるべきだ。

少し横道にそれたが、今回の制度の目的も十分に考えてほしい。救済の意味もあろうけれど、消費を喚起する点が重要だ。貯金されては困るのだ。とすれば預金口座に振り込むというのはいかがなものか。偽造対策が必要だが、金券を配って使ってもらうのがよろしい。手間が大変、だが2兆の金をバラまこうとしているのに何十億かの金などケチるべきではない。
ところでこのやりかた、税金を払っている者から見るとどうなのだろうか。税金での定額控除を残してもらう方がずっといい。10万円税金は増えたままで、2万円だけ勿体をつけて返してもらうようなものだ。つまり金のある者から金を巻き上げて所得の低いものにバラまいているに過ぎない、と映る。お土産にお菓子をどっさり買ってきた。みんなで分けて食べよう。しかし持ってきた人にはあげないよ、これをおかしいと思わないのだろうか。

最後に本当に日本にそれだけの余力があるのか、という点が気になる。財政赤字で苦しんでいたがいざとなったら二兆円、しかも今朝のニュースではIMFに拠出金を十兆円出すという。本当に大丈夫なのか、という点だ。財政の素人が口を挟むことは差し控える。しかし心配!またバラまくということは多分喜ばれ、人気が上がる。そして今とる政策は、その辺しかないとすれば、誰が政権を取っても同じことになりそうに思う?自分たちが政権をとったときにそれがやれなくなる、民主党はじめ野党は切歯扼腕している・・・・これは私の邪推?

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