712「やる気をどう考えるか」(11月7日(金)曇り)

朝起きると頭がくらくらする。
2年ほど前にもこんなことがあった。ラジオ体操をしている最中に頭がくらくらとなりそのまま倒れた。幸いすぐ起き上がり、その後なんともなかったが心配した・・・・・。
トイレに壁を伝いながら行った。このまま倒れたらどうなるのだろう、と不安がよぎった。
しかし今日はこの話はおいておき、別の話を書いてみたい。

リーマンブラザースの破産が決まったとき、社員が自分の荷物をもってさっさと引き上げる様子がテレビに映った。元長銀の社員だった人が言った「どうして、あああっさり会社を去ることができるのだろう。お客さんへの責任はどうなるのだろう。」人から聞いた話である。
会社が派遣社員を正規の社員に較べて軽視し、安い労働賃金しか払わないのはなぜか。
一般的な話ではあるけれども、会社は正規社員はいざとなったときに助けてくれる、普段もわが社のために働いてくれる、と信じている。しかし派遣社員やアルバイト社員にはそんなことは期待できない。金の切れ目が縁の切れ目である。
後者から見れば「同じ労働に同じ賃金が払われないのはおかしい。」となる。しかし会社に対するロイヤリテイは目に見えぬ。無視することが素晴らしく合理的であるかのような宣伝もなされている。誰が書いたか忘れたか、「会社は2年でやめなさい」というような本。自分のキャリアアップのためにはそれもいい。しかしそんな人間を会社は信用できるか。

この気は、たとえば「やる気」「帰属意識」「正しい目的意識」などに分かれるように思う。
新都民銀行の話をTVで放映していた。中小企業に融資をして銀行がこれだけ都民に貢献した、という姿を残すために、行員にはノルマが与えられたらしい。今月はこれだけ融資することを目標にしなさい!案の定、片端から焦げ付いてしまった。中には悪用して金を引き出したものまでいるとの事。これを聞いてある人間が「どこの銀行が融資に血道を上げるものか。銀行が血道をあげるなら回収だ。」要するに素人集団で、しかも元金は自分たちが稼いだものではなく、税金から回ってきたものだからこういう考えになるのだ、と思う。要するに正しい目的意識が欠如していたのではあるまいか。
ちかごろ自衛隊の幹部が「太平洋戦争は侵略戦争ではなかった。」というような論文を雑誌の懸賞論文に応募して問題になった。更迭された上、首になったそうだ。そのことについては別に述べたいけれども、調べてみた結果何十人もの自衛隊員が書いていたことが判明した。そしてそれを「シビリアンコントロールのあり方が問われる」などと報道する。
しかし職務に抵触するかどうかは別にして、多くの自衛隊員がこの国のあり方を論文にまとめ意見表明しようとしていることは、素晴らしいことだと思う。自衛隊員が「日本を守る」という考えを捨てて、ただ職務をこなせばいい、と考えるようになったらこの国はオシマイだ。自衛隊員のこの意識を失わせるような報道は問題と思う。「シビリアンコントロールだからお前たちは言われたことだけやればいい。」「そんなら敵が来たら、君にお伺いを立ててから武力行使をするよ。その間に日本はなくなるかもしれないがね。」
この伝で行けば、君が代や国旗の掲揚に背を向ける教員などはっさっさと首にする必要があると思うがどうだろうか。そういったものに敬意を払わぬのは、公務員として問題だ!

社会は自覚とやる気で動いている部分が非常に多いように思う。やる気の問題をずいぶん無視して、権利・義務のみで考える風習が広く蔓延しているように見える。私にはそこが現代日本の一番の問題点のように見える。
学校の先生たちは、教えること以外の問題でずいぶん苦しんでいると聞く。放課後の指導、生徒の管理、父兄対策、授業の予習、試験対策いろいろあろう。それを無視して労働の分だけ金を頂いているのが代理教員ではないか。その代理教員の給与が低いことは当然として、割合が増えたことによって自分たちの仕事が増える。その部分はどうしたって先生自身の「やる気」に頼るしかない。一方で先生の苦労を無視してつまらぬ事で学校の責任と攻め立てる親がいる、結果、先生たちはますますやる気がなくなる、というのが現状ではないか。
産婦人科の先生、こちらも何かあると医者の責任を追及する、それでいて医者のやる気、使命感、そういったものはあって当たり前と考える、そんな風潮がなり手を少なくしている。
法では規定することのできない、金にもならないやる気を無視すると、結局は自分の身に跳ね返ってくる、賢く見えてちっとも賢くない、そういったことの大切さをこの社会はもう一度考えてみる必要があるのではないか。

註 ご意見をお待ちしています。
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読者から次のようなメールをいただきました。

空幕長の問題は論点が二つありますね。
ひとつは「ああいう立場の人が政府見解と異なる見解を発表したこと」
もうひとつは「思想、信条の問題」です。
今回は前者が問題であり、現政権から見ると処分もいたし方ないでしょう。
しかし、後者のことをとやかく言うのはまったくおかしいと思います。
一部の新聞などでこれらを混同して「みのけがよだつ」などと言っているのを見るとその新聞の見識の無さに「まさに身の毛がよだつ」のは小生だけでしょうか。つぶさにみてみますと、あの人の思想信条はきわめて立派で久々に骨の有る人に出会ったような気がします。しかしこれは今回の処分の可否には全然関係が無いのです。攻撃する側も擁護する側もこの点に混同がない議論をすべきだと思います。

それからリーマンの問題は次のように思います。
会社も人間と同じ生き物ですから、誕生、成長、隆盛、下降、メタボ、ぼけ、老衰など色々な症状を呈します。明らかに会社がメタボなときあるい惚け状態のとき忠誠心とはどういう形で出るのでしょうか。王朝の滅びるときの忠臣とは実際にどのようなものなのか、当事者で無いとわからないかもしれませんね。