平凡な日常が続いている。日記に書く内容ということを考えてみる。
旅行に言ったとか、読書をしたとか、人が集まったとかそんな事件のある日はそこを書けばいいのであるからテーマを見つけやすい。しかしそうでない日は何もないところから考えるテーマを見つけなければならない。それも1日、2日ならわけはない。しかし定年後のしかもだんだん年をとってきたこのごろはそんな日ばかりである。
定年後、ラジオ体操を続けて8年目に入る。参加する人の人数は昔と較べて増えても減ってもいないように思う。しかし参加するメンバーは確実に入れ替わっている。参加したくなる人もある代わりに、健康上の理由や単に朝起きることがつらいだけで辞めてゆく人も多い。良い天気が続き、日の出が少しづつ早くなり、気温も上がってきた。妙正寺公園に集まる人も少し増え50人くらいか、夏になれば100人は超すだろう。
「おはようございます。最近先生が見えないですね。」Aさんに声をかけられた。
ガス会社のサービス店をやって成功し、今では悠々自適の身。お年は多分80何歳かだろう。
「足があがりません。」体操前のわずかな時間に遊園地の遊戯具で遊ぶ。
先生といわれた人は、井荻駅向こうで小児科のお医者さんをやっているB先生である。こちらは、75歳くらいだろうか。お元気で去年はポルトガルに旅行されたそうだ。
ラジオ体操の目的は何か。このお二人ははっきりしている。健康維持である。
実は私も最近それに割り切っている。GNP=元気、長生き、ぽっくりは、世のため、人のため、子たちのため、自分のため・・・・。
大半の人がそうだと思うが、少し違う目的を持つ人もいる。こういうところで幹部になろうとする人、お友達を作ろうとする人、何か別のことをやっていて、それを宣伝をしようとする人・・・・・多くの区議会議員などは選挙目的、従って選挙が近づくとやってくる。しかし長続きしない。
健康維持と割り切れば、何をおいても継続することが一番大切である。
よく「ラジオ体操は奥が深い」「正しいらラジオ体操を普及したい。」など言う人が居る。
私は、ラジオ体操は少々自己流のところがあってもいいと思う。
奥なんか深くないと思う。TVにでてくるお姉さんだってそんなに長くやっているわけではない。元来がラジオ体操はみんなが平易に出来るように工夫されたものだ。若しそんなに難しいものならラジオ体操そのものを変えればいい。
毎日来ることが大切である。それがまた自分自身の健康の証であるようにも思う。一日をぴしっとスタートさせることの出来るポイントである。
「ラジオ体操は体力増強にはならない。」とTVで放送していた。している人としていない人を比較してもそうは変わらない。ただ普段動かさない筋肉を動かすことになるから咄嗟の動きが出来るようになる、交通事故などにあいにくくなる、などと話していた。
体力増強にはならないけれども、健康維持には私は大いに貢献するものと思う。
朝少しばかりの運動を毎日する。精神も肉体も恩恵を受けるに違いない。
私の娘は薬剤師の資格を持っている。男の子を産んで、もう3ヶ月を越えた。この前あったときに彼女が「お勉強をまた始めるわ。」という。薬剤の勉強なのだろう。そして「続けることは力だわ。」この言葉は私が昔から子供たちに言っていた言葉のように思う。この娘は学校でも社会でもそれを心がけているところが素晴らしい。
ふと思う。小学校や中学校の教育で一番大切なことは、もちろん内容もあろうけれども、この「続ける」を教えることではないだろうか。言い換えれば習慣にさせることである。これが出来ていれば、少々出来が悪くても、其のうちに、気がつき力を発揮すること確実である。「禹公山を動かす」の諺が示すとおりである。
このラジオ体操は、続けたところで後5000回(今67歳、80歳まで続けたとして13*365)、私はそのようにも思っている。このごろものを一生ベースで見るようになってきている。これを後何人続けられるだろう。こんなことを今やらないで別にやる時があるだろうか。こんな努力をして自分に果実をもたらすことが出来るだろうか。
ラジオ体操の継続は少なくとも健康という果実を運び続けてくれるようには思う。私もAさんやB先生をめざして今日も頑張りたい。
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