「おくりびと」が第81回アカデミー外国映画賞を獲得した。
早速、野次馬根性よろしく新宿ピカデリーに見に行く。
チェロ奏者として東京のオーケストラに所属していた新婚早々の小林大悟。1800万円もするチェロを買った。ところが楽団が解散。彼程度の奏者ははいて捨てるほどいるため、夢を諦めて故郷山形県酒田市に戻る。
「旅のお手伝い」という求人広告。旅行会社か何か、と考えながら、書かれていたNKエージェントなる会社に面接に行くと、ふるぼけた建物に女が一人いるのみ、しかしやがて現れた社長の示す条件はケタ違いに良い。会社の仕事は、実は納棺であった。黄泉の世界への旅のお手伝い・・・・。
断り切れず、引き受けたものの、まずは納棺夫マニュアルDVDつくりのモデル、それも死体役。さらには死後2週間もたった孤独ばあさんの死体処理。しかし手当てはその場で支給され、場数を踏めば仕事にも次第になれ、感謝もされるようになった。
ところがそんなある日、妻はあのDVDを見つけ、夫の仕事を知り「そんな汚らわしい仕事はやめて。」と懇願する。断ると彼女は実家に戻ってしまった。さらに昔からの友人山下とも疎遠になってしまう。
くじけずにそのまま仕事を続けていると、突然妻が戻ってくる。妊娠したのだという。ところがそこにまた携帯電話が鳴る。夫の死後、一人で風呂屋を切り盛りしていた山下の母がなくなった。山下の前で、死体を清め、衣服を替え、口紅を塗って死に化粧を施し、手をきちんと組ませて納棺する。しかし火葬場では火が一瞬にして元気だった彼女を包み込んでしまう。戻るまもなくまた別件、自宅に電報が届く。今度は大悟が子供のときに女を作り家を出て行った父親の死。迷った末、神奈川県三浦市まで駆けつけると・・・・。
監督滝田洋二郎。ピンク映画監督出身ながら、今ではベテラン映画監督。「壬生義士伝」「バッテリー」など。残念ながら私は彼の作品を見たことがない。主演の小林大悟に本木雅弘、現場の悪臭を落とそうと銭湯に入る場面があるが、実にいい体をしている。好感の持てる青年に見えた。妻美香に広末涼子、なかなか可愛い。NKエージェントの社長に山崎努。風呂屋を切り盛りする山下の母親に吉行和子。
この作品、Wikipedeiaによれば「主演の本木雅弘が1996年に青木新門著「納棺夫日記」を読んで感銘を受け、青木宅を自ら訪れ、映画化の許可を得た。その後、脚本を青木に見せると、舞台ロケ地が富山でなく、山形になっているため映画化を拒否される。本木はその後何度も青木宅を訪れるが、映画化は許されなかった。「やるならまったく別の作品としてやってほしい。」との青木の意向を受け、「おくりびと」というタイトルで、「納棺夫日記」とはまったく別の作品として映画化。」とある。
さすがにアカデミー賞を取るだけあって、よく出来た作品、と思う。納棺などのシーンに思わず涙が出ることも多い。またふぐの白子を食いながら山崎努が「生き物はみな死体を食って生きているのさ。」「ところがこの死体がうまいんだよなあ。困ったことに・・・・」と語るシーンはなかなか印象的。しかし全体主人公の納棺夫としての苦労話に力点が置かれ、其の連続で終わっているようにも感じる。ドラマ全体として盛り上がって最後に解決が出るそんな様子が、欠けるるようにも見られる。もっとも人生というのはそんなものなのかもしれないけれど・・・・・。
ところで「納棺夫日記」は私も昔読み、感銘を受けた記憶がある。ホームページ「私の読んだ関連する読み物」欄233に、感想、ポイントなどが記してある。あらためてそれを読み直してみると、青木新門が語ろうとしたことと映画に趣の違いにびっくりする。
この映画の脚本は小山薫道。日大芸術学部を卒業した若手でTV・放送作家。「カノッサの屈辱」「料理の鉄人」など数多くの名番組を手がける売れっ子作家である。この作品は小山の映画であって「納棺夫日記」とは異なる、という点は明記すべきと感じた。
「死者ばかりみていると、死者は静かで美しく見える。無数の蛆のうごめく老人の死体を処理したとき、蛆も生命と感得すると蛆たちが光って見えた。「がんばって」というのは生の立場からみた言い方である。私のあの叔父は「ありがとう、みなさん」を繰り返しながら死んでいった。死を覚悟したある友人の手紙も私に感動を与えた。「私は不思議な光景をみた。すべての物が光って見えるのです。」」・・・・青木のこの感覚!映画を見ると同時にもとになった「納棺夫日記」を再読してみることをお勧めする。
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読者から次のようなメールをいただきました。
納棺で思い出しました。
年取った友人は腰が曲がり気味です。でも出来るだけ姿勢を正しています。
そうしないとふたが閉まらなくなり遺族に迷惑がかかるからだそうです。