男の子の初節句に五月人形を買ってやるのは、夫の実家か、妻の実家か、私は良く知らぬ。
しかし娘に「**(息子)の時だってお母さんの実家が買ってくれた。」と言われれば承知する。
次女は私、長女と一緒にデパートに買いにゆきたい、というからそれも承知した。
電話を切って、いくらくらいのものを買うのだろう。10万円くらいと漫然と考えた。
ところが次女がまた電話してきて「大体きめた。」という。聞いてみると「21万円の兜にするわ。安いのだと、ちゃちいのよね。1割5分ひいてくれるそうよ。」
すると大体18万円!「分かった。」と言ったものの電話を切ってまた考えた。
私と亡妻は昭和42年に結婚した。漸くバブルが膨らんできた頃だ。翌年長女が生まれた。実家は、五段飾りのお雛様を用意してくれた。後から聞いたところ8万円した、と言っていた。長男が生まれたとき、やはり五月人形を送ってくれたが、金額は良く覚えていない。長女の娘が生まれたとき、亡妻は死の床にあった。「近頃、世の中、お金ではない、と考えるようになった。」と言い、家計費の多くを息子や娘のためにせっせと積み立てていた。誕生のニュースを聞いて「やっと孫の顔を見るまで生きることが出来た。」と喜んだ。「私が買う。」と彼女は10万円近くする一刀彫のお雛様を買ってやった。18万円はそれほど高い、とはいえない。
私の立場を考えてみる。亡妻が病に伏し、やがて他界し、父と私と次女の生活が始まった。そのとき次女は随分よくやってくれた。ひそかに私は、彼女が今亭主となかなかよい関係を保っているのはこの経験があるからだ、とも思っている。結婚してからも他の子以上に夫婦で何かと親しくしてくれるように感ずる。また私は幸いなことに、生活でそれほど苦しんでいるわけではない。だから払えるが、私は結構ケチなところがある。そして自分の価値判断を強く出すところがある。
この前金沢方面に旅行してきた。輪島の朝市でショッピングを楽しみながら、亡妻と一緒に何十年か前、ここに来たことを思い出した。彼女はお茶が趣味で講師の資格を持ち、何人かの生徒にも教えていた。其の彼女が十万くらいの値札のついた輪島塗の棗を眺めてほしそうな様子。迷ったが、たかが抹茶を入れる容器くらいにそんな高い金を払えないと考えてやめにした。あの時買ってやればよかった。70年近く生きた間に、そんな経験を何回か持つ。
18万円は払うと決めた。ところがガールフレンドのAさんは言うのである。「私だったら、其の分お金でもらって旅行にでも行った方がいい。」お金に色が着いているわけではない。それをどう使うかは個人の価値判断の問題、言い方を変えれば、お金の使いようは個人の考え方、価値観を示している。18万円を私はいいとして、次女は自分の金ならどう使うのだろう。やっぱり兜に使うのだろうか。長男は、今年はタイに赴任してしまったが、其の嫁に、毎年少しの金額を「自由に使いなさい。」とプレゼントする。三人も小さい孫がいては、気を抜く暇があるまい、これで洋服でも買え、くらいの気持ちである。ところがあるとき彼女に聞いてみると「みな子供たちの名前で貯金してある。」と答えた。
兜は、誰のために買うのだろう。孫は生まれてまだ半年だからそれほどうれしがるとは思えない。ガラガラのように音の出るものの方が良いのかも知れぬ。孫の将来の成功を祈って買う、というのだろうか。しかし孫が兜をかぶって戦争することが好きになっても困る。またこのようなものは、やがて省みられなくなり場所ふさぎになってしまうような気もする。長男の兜も鯉のぼりも、長い間にみなごみとなってしまった。すると残るのは、やっぱり次女の見栄のように思う。私もこの子もそれほど大事にされている、亭主には私の実家はこれだけのことをしてくれる、そんな思いを確認するためと考えられないか。
18万円というお金は別の考え方をすれば大金である。世の中は、老人一人当たりの定額給付金2万円で大騒ぎしている。派遣切りに合った若者がネットカフェを転々とした末、自殺する。世界を見れば、アフリカにアジアに飢えに苦しむ人が無数にいる。
孫の将来に何が起こるかなんて想像もつかない。それどころか娘夫婦だって分からない。婿の会社は超一流の銀行だ。しかしそれだってつぶれない、と誰が保証できる?私の将来も同じだ。また余り可愛がられすぎると母親の呪縛を逃れられず子達は成長しにくいとも言われる。
私には判断がつかね。色々考えた末、兜ではなく18万円をやろう、そして私の思いを話し、後は娘の判断に任せよう、と考えた。彼女には彼女なりの価値観があるはずだ。
後記(10日) 次女は「君が自分で選べ。」といわれて、「そういわれても・・・・。」と困った顔をした。デパートに並んでいるものを見てびっくり、多くは20万円以上する。店員があれこれ薀蓄を述べだすとやっぱり高いもののほうがよく見える。結局、次女は当初予定のものに近いものを買った。連れてきた赤ん坊は、自分が主役とは知らずニコニコしている。
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