749「日本語が亡びるとき」(3月25日(水)晴れ)

通信の738で少しだけ紹介した「日本語が亡びるとき」をやっと読み終えた。面白いが、なかなか理解の難しい書物である。具体論が次々展開され、全体としてどのように主張するのか、必ずしも理解しやすいとはいえぬ。しかし日本語のあり方に正面から取り組んでおり、一読の価値はあるように思える。以下、私なりに纏める。

言葉には序列がある。小さな部族の中でしか流通しない語、民族の中で通じる言葉、国家の中で流通する言葉、一番上に広い地域にまたがった民族や国家の間で通用する言葉。
二つの異変が起こっている。下のほうの言葉は大変な勢いで消滅しつつある。もう一つの異変は今までには存在しなかった、すべての言葉のさらに上にある、世界全域で流通する普遍語が生まれた。英語である。そしてそれがすべてを飲み込もうとしている。18世紀、世界で最も尊敬されていた言語はフランス語であった。近代に入り、大英帝国時代の出現、アメリカの発展と共に英語がこれに加わり、次第にトップの位置に着いたのである。

大昔、日本にはかって日本現地で話される現地語が存在しただけであった。
そのころ東洋全体では漢字が普遍語であった。その漢字が入ってきたとき、日本人は自分たちの言葉に置き換え、理解しようとした。効率的に行うために漢文訓読なる洗練された漢文翻訳方法が開発された。漢字を表音文字として使った結果、「まがな」が発生し、ひらがな文化に発展した。おかげで徐々に現地語であった日本語は進化し、自分たち独自の「書き言葉」を開発させた。
19世紀半ばに西洋列強の力が極東まで及んだとき
@ 日本の「書き言葉」が、漢文圏のなかの「現地語」でしかなかったにもかかわらず、日本人の文字生活の中で、すでに高い位置をしめ成熟していた。
A 明治維新以前に、すでに「印刷資本主義」が発達し、その「書き言葉」が広く流通していた。
明治維新。日本人は世界の情勢を知るにつれ、西洋文明の質の高さと英語の大切さを知った。幸いなことに日本は外国の植民地にならずにすんだから、西洋をそのまま押し付けられることはなかった。自分たち流に西洋文明を知りたい、という欲求は、とにかく西洋のものを理解すること、それには自分たちの持っている「書き言葉」に変えて理解すること、つまり翻訳の発展に結びついた。漢字が日本に入ってきたときと同じ方法がとられたわけである。

しかしこのままでは翻訳者では、紹介者の域にしかとどまることが出来ない。本当の意味での日本の(現実)・・・・過去を引きずったままの日本の(現実)を対象化し、把握することが出来ない。非西洋国において非西洋語で学問をするときに直面せざるを得ない二重苦である。そこで漱石に代表される明治の優秀な文豪たちによって従来の漢文に代わる、新しい日本語の「書き言葉」が考えられた。漢文訓読体、ひらがな文学、言文一致体等あらゆる努力がなされた。そしてようやくその成果が世界に認められた。
世の中には普遍語で書き、理解してもらえるものと、文学のように理解してもらえぬものがある。せっかく作り出した日本独特の「書き言葉」を捨ててよい訳がない。

著者はこれからの語学教育について三つのケースが考えられるとする。
@ 国語を英語にしてしまうこと
A 国民の全員がバイリンガルになるのを目指すこと
B 国民の一部がバイリンガルになるのを目指すこと
@の利点は英語を国語とするしあわせな国民以外は、誰もが良く知っている。しかし日本はそのような選択肢はとらないだろう。全体としては、英語の世紀に入ったというのに、たいした危機感を持つことなく、「英語公用語論」に代表されるAに漫然と進んでいるように見られる。しかし日本という国が外国人だらけの国になるとは考えられない。外国人と接する人は限られてくる。すると生徒の学習する時間も限られてくることから、B以外にないのではないか、Bの道を選択しなければ逆に日本語は滅びる、と著者は主張する。

ただ私は、著者の言う日本語は明治文学に現れる日本語と考えた。そう考えると、タイトルが大仰すぎると感じた。著者のいう「日本の国語教育はまずは日本近代文学を読み継がせることに主眼を置くべきである。第一に出版語が確立されたときに確立された文章だからだ。第二にそれが漱石の言う「曲折」から生まれた文学からだ。第三は日本近代文学が生まれたときとは、日本語が四方の気運を一気に集め、最も気概もあれば才能もある人たちが書いた文章だからだ。」は全面的には首肯しがたい。
正しい日本語の大切さ認めるが、書き言葉も話し言葉も時代と共に変わってゆく。漱石作品の重要性は認めるけれども、それが国語教育のスタートであるとか、目的であるとか言われると戸惑う。
ただ著者が指摘する英語などを重視する一方で、国語の教育の時間が短すぎるという点は賛成。日本語などは自然に分かってくる、という考え方は間違っている。

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