754「悔恨の大和路」(4月15日(水)晴れ)

旅に出る前に、NHKブックス「仏像・・心とかたち」を読んで勉強しておいた。
奈良に来て2日目、バスに乗って浄瑠璃寺に行った。
山門をくぐると境内の中心に大きな池、その中央に弁才天を祀る祠。池の東岸には薬師如来を安置する和様三重塔、西側には阿弥陀如来を安置する本堂(九体阿弥陀堂)が位置する。
それにしても本堂にずらりと並んだ丈六の金色阿弥陀如来は見事である。客は余りいない。私は今回どういう服装で来るべきか考えた。ネクタイ、背広姿。カメラ一つを持ち、荷物は宿に預けてきた。・・・・ちょっと妙?

写真など撮りながら感心していると「お一人ですか。」と声をかけられた。青いジャケットを着、ナップザックを背負った小柄な可愛い女性である。「ええ、貴方もそうですか。」「どちらから?」「東京ですよ。」「私もそうですわ。」そんなことで話が進みだす。「それにしてもきれいな仏様ですね。」「そうですね、阿弥陀様です。お手の形が左右8体は印を結んだ両手を膝の上に置かれているでしょう。あれは上品上生の印です。真ん中の如来は右手をあげ、左手を膝の上、あれは上品下生の印です。」「はあ・・・・」「可愛い吉祥天ですね。吉祥天は、弁天や自在天同様、天部に属する仏様で・・・・」
池は蓮の花がそこここに咲き、なかなかの風情。
「薬師如来様は、東方浄瑠璃世界に住み、現世の苦しみを除く仏さまです。阿弥陀如来様は西方極楽浄土の教主様です。薬師如来様を東、阿弥陀如来様を西に安置することは二つの世界を実現する意味があるのです。三重塔のある東側は此岸(しがん、現世)、池を挟んだ西側は阿弥陀如来の居る彼岸(ひがん、あの世)ということも出来ます。」「はあ・・・・」女性は余り知らない様である。
実は「仏像・・心とかたち」の受け売りである。覚えた知識はすぐに活用しなければいけない!「これからどうされますか。」「岩船寺にでも行こうかと思っています。」「ご一緒してよろしいですか。」「もちろん!」

岩船寺は割りに近くにあった。「このお寺は天平元年、聖武天皇の発願により、行基和尚が建立されたといわれています。弘仁4年に嵯峨天皇が、皇子誕生を祈念され、後の仁明天皇を授かりました。そこで、嵯峨天皇の皇后が伽藍を整え、岩船寺と称するようになりました。」ここはお坊さんが説明してくれたから、ボロをださずに済む。本尊はやはり阿弥陀如来で、額に水晶の玉が埋め込んであることが印象に残った。
「胎内くぐりがあります。」というので、仏像の脇から入り込む。中は真っ暗。私は女性の後ろについてもぐりこむ。真っ暗、何もみえぬ。「怖いわ」ふと女性が振りかえったらしい。ぷんとおしろいのにおいが鼻をつく。頬と頬が触れ合ったように感じられた。手を握り合って表に出た。お坊さんがガイドブックにある円成寺と南明寺に行く道を教えてくれたから、この後、一緒にゆこうということになった。
「その辺でお昼でも食べませんか。」と言っても、何もない山里。寺の裏に回ると、菜の花畑を見下ろす斜面に六地蔵石がんがあった。「地蔵様は観音様の一種です。すべての生命は、6種の世界に、生まれ変わりを繰り返すそうです。地獄道、餓鬼道、畜生道、修羅道、人道、天道。六地蔵様はそれぞれの世界にいて、我々を見守り、救ってくださる。」女性はますます感心した様子。パン屋があったから、適当なものを買ってきて、六地蔵の隣に座り、妙な昼食になった。

円成寺は、真言宗のお寺。階段を上がって山門をくぐると、広い池のある美しい庭と本堂があった。本道に大日如来。格子から入る午後のおだやかな陽をあびてご利益がありそう。「これは運慶作で有名なんです。如来には4種類あるけれども、そのうち冠をかぶっているのは、大日如来だけです。」などまたまた受け売りの知識を披露。
南明寺に向かったが、途中の田舎道は最高だった。満開の藤の花が左右から垂れ下がっている山道、イネ藁がところどころに積み上げられた田んぼを見渡す道・・・・私と彼女のムードも次第に盛り上がってきてきた。時々木陰で抱擁。完全に恋人気分で寺に到着。重要文化財の釈迦如来などあるものの、小さな寺であった。お坊さんが「客がいるのか。」という様子で出てきて話し出した。
5時20分の最終バスに飛び乗る。バスに客は数人、要するに田舎である。彼女はそっとささやく「プリンセス奈良に泊まっています。よっていらっしゃいませんか。」という。

・・・・・私は古いアルバムを閉じた。柳生街道を歩いたのはもう50年近く前、大学院の学生だった頃だ。何時、奈良に行った、とは書いていないでしょう。そのときにこんなことが本当に起こったのかだって?浄瑠璃寺で、さる女性とお友達になったことは事実ですよ。ただ私は、まだあの漱石の「三四郎」みたいに初心だったから、彼女のホテルを訪ねることはなかった。行かなくて残念だった、という意味をこめてタイトルを「悔恨の大和路」。皆さんもこんな経験、一つや二つあるでしょう?それにしてもあの頃は金がなかったねえ。せっかく女性と一緒になったのに、菓子パンで昼飯にするなんて。

註 ご意見をお待ちしています。
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読者から次のメールをいただきました。

貴兄の奈良訪問は随分と若いころの話ですね。
小生は若いころはドリームランドに行きました。年を取った今近いうちにある寺を訪問したいと思いながら昨年も果たせませんでした。
参詣先は貴兄とは違い、若い女性など絶対来ないところです。
その名は 清水山吉田寺です。清水さんと吉田さんの寺ではありません。
そういう名前の寺です。通称は斑鳩の里の「ぽっくり寺」

http://www.jodo.jp/30-047/