757「「史記」を読む」(4月26日(日)晴れ)

やっと史記8巻(小竹文夫・武夫訳 ちくま学芸文庫)を読み終えた。水滸伝を読み上げたのが1月末だから、3ヶ月、超スローな読書だが、視力も弱りがちな年齢、仕方あるまい。
大学は工学部だったけれども、一般教養で何かのゼミの選択を迫られ、東洋史をとった。先生は誰だったか、今では思い出せないが、その先生は古代中国史の専門でしきりに「史記」のことを述べ、武田泰淳の「司馬遷」を読め、と薦めた。その「司馬遷」をとにかく読んで単位はとったのだけれど、肝心の史記を読んでいない。学生の頃の勉強などひどいもの・・・しかし心にかかって、この歳になって読む気になったのである。

司馬遷は、紀元前145年に生まれ、紀元前141年から紀元前87年まで長期に前漢の皇帝として君臨した武帝の時代に生きた人である。日本はまだ文字すらない弥生時代。
司馬遷は分解して司馬氏の遷という意味。
この本の最後に「太子公(司馬遷のこと)自序」があり、そこにこの本を書いたいきさつなどが詳述してある。昨日まとめたばかりなのでそのまま写すと
「司馬氏は代々天地を秩序付ける官職を世襲した。漢の時代になって無沢が長安の4つある市のうちのひとつの市長となった。その子、喜は五太夫で死んだが、次の談は太子公になった。武帝に仕え、学者たちが学問の真偽を会得できずにあやまっているのを正そうと、陰陽家、儒家、墨家、名家、法家、道徳家の学問についてその要旨を論じた。しかし封禅の礼において用いられず、息子の遷に「お前が太子になったなら、わしが書きたいと思っていたことを書いてほしい」と言って亡くなった。」
封禅の礼は分かりにくいが、史記第2巻封前書に薀蓄が述べられている。
「封禅とは帝王が天と地に王の即位を知らせ天下が太平であることを感謝する儀式である。
始皇帝以前には、72人の帝王がこの儀式を行ったと伝えられる。三皇五帝によって執り行われたのを最初とするが詳細は不明。始皇帝は、紀元前219年に泰山でこの儀式を行おうと儒学者等にやり方を聞いたが、各自意見がまちまちで結局は我流で行ったそうだ。
泰山は山東省泰安市にある1545mの山。道教の聖地で五岳の中で最高のものとされており、世界遺産に登録されている。
ところが、秦の始皇帝や漢の武帝は、国家祭祀の美名の下に、封禅の儀を自分自身の不死登仙の願望を遂げる目的に使おうとする。そしてこの二人の皇帝の周りに群がる「胡散臭いゴマ摺り、阿諛追従の徒」の方士たちの生態が生き生きと描かれている。」
司馬談は、その官職から用いられなかったのがよほど無念だったのだろう。

司馬談が書きたいと思っていたのは、「周公がでて500年して孔子がでて「春秋」をあらわし、その後500年して今日に至るがその間の史官の記録」のことである。
ちょっと横道にそれるが有名な「論語」は孔子が書いたものではない。孔子の弟子の著作、聖書みたいな感じである。孔子は魯の国の年次によって記録された春秋時代の歴史書「春秋(三史)」を書いた、あるいは著作にかかわったとされる。
「そこで私(遷)は論述を始めたが、7年後李陵を弁護した罪によって、獄舎に幽閉され処刑(宮刑)されるという災いにあった。その後退いて深く思いを潜め、志すところを遂げたいと考えた。こうして終に十二本紀、八書、十表、三十世家、七十列伝、合計百三十篇を書いた。」
李陵は匈奴との戦いで敗北し匈奴へ投降した軍人、友人である。李陵については中島敦「李陵」がある。宮刑とは性器を切り取る残虐な刑罰で、司馬遷は多大な衝撃と恥辱を感じたに違いない。2年後に中書令となり「史記」の執筆に全力を傾けたのである。

読み終えて、何よりも感じたのは、司馬遷が一番考えたのは「歴史を記述するためにどのような書き方をすべきであるか。」という点であった。
十二本紀で我々が日常見かける中国通史を描いている。しかし通史は個人の歴史や文化の発展の上に成り立っているものだ、ということも出来る。八書では黄河治水の話し、天文の話し、すでにのべた封禅の話などが述べられる。十表、三十世家は春秋戦国時代に成立しては消えていった王朝個々の歴史と系図である。(ただ私の今回読んだ小竹訳にはどういうわけか系図が省略されている。)そして著者が一番力を入れているのが、七十の列伝。この中には、なまじの小説などよりずっと面白いものがある。
刺客列伝では始皇帝暗殺事件が生々しく描かれているし、呂不葦列伝では始皇帝誕生エピソード、大宛列伝では血の汗をかくという名馬を東の国に求める苦労などである。そうした個々の話を通して、少しは歴史とそこに呻吟する人々がわかるように感じたのは大変嬉しかった。またそれらは「現代に生きる知恵」を教えているようにも感じられた。時間のある人には一読を薦める。

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読者から次のメールをいただきました。

司馬遷は偉大な作家でもありましたね。彼を尊敬する人が多いですね。
日本の作家司馬遼太郎もその一人ですね。遼というのはるかに遠いという意味ですね。司馬遷に近づきたいのだが、いまだはるかに遠いというのでの命名だそうですが、謙虚なものですね。
その遼太郎の作品「坂の上の雲」はこの次のNHKドラマですね。