夕べ外に出たところ、アパートのAおばあさんにであった。ところが
「実は亭主が1年前に亡くなったのです。私も気が転倒していて大家さんに何も申し上げずすみません。ついては8月に契約の更新ですけれども私の名前に変更してください。」
おじいさんは昔事業をしていたらしいのだが、それが失敗し、体を壊し、ここ数年は寝たきりの生活を送っていた。おばあさんは、近くの工場か何かで働き生活保護を受けているとのことだった。塀一つ隔てていながら、まったくおじいさんの死を知らなかった。
私のアパートには、平成11年に越してきたから10年来の客。おじいさんは大正8年、おばあさんは大正12年の生まれ、今年86歳ということになろうか。相模原に住んでいる甥が保証人になっている。「万が一」がないことを祈るのみ。
108号室のB君が出て行った。45歳くらいの独身男性で、コンピュータ会社に勤めているらしいのだが、ころころふとっておりなんとなく親しみが持てる。一度喫茶店で一緒になったことがあり、アパートの話などを聞かれた。その彼が「私も大家さんのようにアパート経営をしたくなりました。」といわれたときはまさか、と思ったものである。
部屋をまもなく出ると言う時期になって
「実は千葉の八街に土地を買って、アパートを建てようと思ったのですが辞めました。彼らは坪4万で45坪の土地を勧めていたのです。しかしそれでは自宅とアパートは建たぬ、と躊躇すると、「じゃ隣の45坪の土地を差し上げます。その代わり工事は当方でやらせてくださいよ。」というのです。45坪の土地を只でくれるなんておかしい、だまされている、と思って辞めました。」そうかもしれないと思いながら一晩考えて、翌日
「家を建てるだけで2000万はかかる。アパートも加えれば5000万の工事になる。全体の中で45坪の土地180万のサービスくらいしますよ。要するにその工事がほしいのだよ。」
と教えた。教えながら、駅から2kmと言うが、そんな田舎にアパートの客など来るのだろうか、と思った。「当面は三郷に病気の父親が一人暮らしですから、そこで生活します。」というから「そうだね、落ち着いてもう一度じっくり考えた方がいいよ。」と言った。
彼と入れ替わりに23歳の女の子が入ることになった。6,7年飼っている猫を一緒に飼わせてくれるというのが条件である。立ち退き時に少し余分に復旧費をいただくと言う条件で同意した。この彼女、聞いてみると実家が国分寺なのである。先日の立会いのとき思わず「そんな近くに実家があるのに」といったところ、不動産屋があわてて「お年頃なのですよ。」と注釈。「退去されるときには寿退去ですよね。」と余計なことまで言う。
勤めている、という。しかし彼女が勤めている間、猫はどうしているのだろう。一日家の中においておくとすると、猫は寂しさや孤独は感じないのだろうか。分からぬ。
アパートを経営し始めた頃、私は採算ばかり考えた。
最近は採算も大切だが、袖触れ合うも他生の縁、位に考えるようになった。何かの縁で私のアパートに住むようになったのだから、出来るだけ心地よく長く居てもらいたい。只、逆に言えば袖触れ合わねば縁はない、わけで、触れ合ってもいい人の選択は考える。不動産屋と一緒に契約し、保証人もしっかりつけてもらう、敷金は2ヶ月をいただく、それくらいの金を用意できぬと言うか、覚悟のない人は来てくれなくていい。
アパートの管理と言う仕事は、私に世の中には随分いろんな人が居ると教えてくれる。そういう意味では非常に良い勉強になる。
なるべくアパートの人と話したい、と想っている。私の家はアパートの奥にある。西側に道路があり、二つのアパートの間の私道を通って我が家にたどり着く。南側のアパートは道路に塀を境にあり、アパートの家々の勝手口が、こちらに面しておりほとんど開かない。北側のアパートは外から見られるといやと感じるのかほとんどあけていない。それにみなまじめに働いているようで昼間は居ない。
それに最近の特に若い人はビジネスライクな人が多い。冒頭のAおばあさんくらいでも一番つきあっているほうだ。不動産屋を介して客になっても挨拶にも来ない。私は人の顔をなかなか覚えられぬたちだ。その結果疎遠になり、目が合ってもそっぽをむいてしまう客が多い。いつも淋しく感じる。大家をどう考えているのだろう。あちらは金を集めて金持ち、こちらは大変、煙たい、と感じているのか。それとも部屋を借りてやっている、お店の人間に普通挨拶しない、それと同じでいい、と考えているのか。
外に出ると見知らぬ若い女の子がにこにこと挨拶してくれた。嬉しくなったが誰だろう、と思った。少し歩いてから、今度引っ越してくるあの猫の女の子と気がついた。ただ彼女のお年頃の対象に・・・・・この大家はしてもらえそうにないかも。
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