778「墓参りと「賢人?会議」」(7月9日(木)曇り)

午前中、久しぶりにひとりで車を走らせ、所沢の墓に行ってきた。まだお盆に早いから、全体訪れる人は少ない。今回は次女の亭主のお母さんが眠るT家にも花を添えてきた。運転で余計な神経を使ったせいか妙に疲れる。

夜、またいつもの同期の会の集まり。今日は新宿であった。
参加者はA、B、Cに私のわずかに4人。会社の帰りにDが来るかも知れぬ、と待ったが現れなかった。E君にも電話をかけたが「あそこは餌が今一歩だ。俺はせいぜい後5000回くらいしか夕食を食えぬ気がする。その中の一回を、あの夕飯を食うと損した気になる。」とマスターが聞いたら、目をむいて怒りそうなことを言っていた。
「もう民主党が天下を取ることは決まったような雰囲気だけれど、これからどうなるのだろうね。」「しかし東国原なんてのが、消えてよかった。」「あれはジョークさ。」
「中国のウイグルの暴動はどうなんだい。」「ウイグル人は回教だろう。宗教対立はどうにもならんさ。」「しかしあそこで大量の石油が出ている以上、絶対に独立は認めないね。」「民族自決なんて話は、間違っているのかもしれない。」「日本だってアイヌの話がある。」
こんな話でああでもない、こうでもないいと議論が出たけれども所詮ゴマメの歯軋り。
この歯軋りを一回一回まとめることは、大して意味のないことなのかも知れないが、後で読み返すとなかなか教えられるところがあるから不思議だ。

「一つ、君に聞きたいことがあるのだけれど・・・・」と改まってB君。
「君はまだ眼鏡をかけないでいいのか。」
「最近少しきつくなって喫茶店でも明るいところに行くようにしている。しかし眼鏡はごくどの弱いものを買ったが使っていない。」というと感心した様子だった。
「ゴルフのときに困るんだ。」とC君が妙なことを言う。「あれはボールの行方を見る、スコアを記録する、ショットをするために地上においたボールを見つめる、それぞれ距離が違うから困るのだ。」一つで兼用できるものがあるが大分高いのだそうだ。
「歳は取りたくないものだ。」「最近は、まごまごしていると、子供や妻にまで殺されてしまう。」「交通事故も心配だ。自転車だって怖い。」「無事平穏に今日一日が過ぎたことを祈るべきか。」弱気な意見が場を支配し始めている。どうしてこんな殺風景な世の中になってしまったのか。
しかしC君は、昔は小錦みたいだった体形をぐっと絞り健康そうに見える。
8月11日に大山登山がある、といったら、久しぶりに出かけてみようか、と言っていた。
水泳で体を鍛えているらしいが、そのC君が嘆息するのである。「おばさんはすごい。バタフライで50mも泳げる。」とC君。「バタフライはとるものかと想ったよ。」と別の一人。せめてのから元気!
A君の奥さんは、A君より5歳も若い美人の積極的な奥さんである。「彼女は水泳に凝っている、個人レッスンを受けたり、ビデオで自分の水中写真を撮ってきて研究したりしている。」すると質問が飛ぶ。「ところで君は何をしているんだい。」「留守番さ。」

そのA君が、今こんな本を読んでいる、と紹介した。「講孟剳記」・・・・吉田松陰の本だそうである。「ところどころ、はっと想うようなことが書いてある。たとえば孔子や孟子の本は、意味の解説や、出典みたいなことばかり書いてあるだろう。あんなものは役に立たなくて、それを現代に生かしてどう解釈するかが大切だ、というようなことだ。」どうしてそういう本を読む気になったか聞いてみたかったが時間がなかった。そういう生き方なら、私は「菜根譚」、それから「言志余録」がお勧めのように想う、とまた知ったかぶりをしたが、知っているものはいなかったようだ。
相変わらず漢字の話が出ていた。学者先生の間でも、漢字教育を推進すべきか、それとも簡略化するかにつき、意見が分かれているのだそうだ。漢字教育推進論者のB君は者という字にいまだに点をうって書くそうである。「漢字を使っているのは、中国と日本と韓国だろう。その三者で首脳会議を開き統一したらいい。」と面白い意見。「それなら六カ国協議拒否の北朝鮮も乗るだろう?」

西武線の電車に揺られながら朦朧と考える。
「俺たちの時代は終わったなあ。多分私は、あの墓に入るんだろう。子供たちは来るだろうか。しかし孫は来ないだろうなあ。そしてその次の世代あたりで、忘れられて、無縁仏にでもされてしまうのだろうか。」

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