小雨が降るほどでもなく降っている。こういう朝はやるべきか、やらざるべきか迷う。
今日はNHKの「多胡先生」がやってきて指導。みんなの体操、続いて放送によるラジオ体操第一、第二、ワンポイントレッスン。子供たちは今日も元気一杯、あいにくの天候にもかかわらず、200人以上集まっていた。ヤクルトは今日は増やしたから足りました、と会長。
腕を左右に開くときは物をつかむ気持ちで、戻すときには腕の関節が重なるまで深く戻すべきだ、という指導が参考になった。戻しはいつも甘い。
もっともっと大きなニュース、今日は皆既時間が6分間を越える皆既日食が見られる日。国内陸地では46年ぶりの皆既日食と会って大騒ぎ。
「昼飯を一緒に食べよう。」とガールフレンドのAさんを誘ったら「早い時間はだめよ、TVで皆既日食を見るから。」と12時10分に荻窪で待ち合わせることにした。一昨日は織田祐二に、今日は皆既日食に優先させられ、余り面目のないボーイフレンドの私。
もっとも、私も実はTVの日食報道に夢中になった。スポーツクラブで自転車こぎマシンに乗ると、小型テレビが見られる。ちょうどその時間であった。
太陽の直径は139万キロ余り、月は3476キロ、およそ400倍。
太陽と地球(あるいは月)の距離は、地球の公転軌道が楕円であるために、冬の方が少し長いが大体15000万キロ。地球と月の距離は38,4万キロ。こちらもおよそ400倍。
そのため太陽と地球の間に月がすっぽり入り、太陽の全体が覆い隠すことがある。これが皆既日食。月の視直径が太陽より大分小さくなることがあり、このとき皆既日食が起こると、金環日食になる。
皆既日食が起これば、直前と直後に起こるダイヤモンドリング、コロナ現象、太陽表面から噴き出ている赤いプロミネンス・・・・見所が一杯。
今日の皆既日食は、日本ではトカラ列島悪石島が一番長く見えるということで大挙して押しかけている。小笠原諸島の一部、種子島南部、屋久島、口永良部島、トカラ列島全域,奄美大島北部、喜界島等でも見られるが時間は短いということでこの島に集中。
人口77人、面積7.94km2、周囲12.64kmの、普段は忘れられたような南ののどかな小島。
1944年8月22日学童疎開の児童等を乗せていた対馬丸がこの島の沖で米国潜水艦に撃沈された。その慰霊碑が設けられているという。平和な世の中である。
島の5件の民宿の収容能力は66名、そこに400人の観測客が訪れるのだから大変、学校の体育館やテントが利用され、飲料水はミネラルウオーターを持ち込むなどてんてこ舞い。もちろん観測者は専用の眼鏡やカメラを用意し準備に余念がない。
10時53分頃、皆既日食が始まるらしいが、それまでに中国の重慶、上海などで皆既日食。しかし天候が悪く、雨の中をレポーターが解説する様子が写される。そしてこちら悪石島は雨と風が激しく、テントの観測者は建物内への避難を要請されるほど。その時間までには何とか、の願いもむなしく、どんどん暗くなり、何も見えなくなり、気温は5度も下がる。そして10分もすれば西の空から朝のように少しづつ明るくなり始める・・・・・。
しかし観測者は「こんなに暗くなるなんてなんとも言えない経験です。」と自然の営みを楽しんだ様子。もっともTVを見ている仲間は「暗くなるだけなら夜を待てば言いだけの話。」などとさめた会話も聞かれる。
悪石島は散々だったが、皆既日食を堪能した者も多かったようだ。硫黄島は米軍施設があり一般人はいけないが、対応できた人もいたよう、それから船で観測した人が居た。船長が気を利かせて、雲の晴れた皆既日食の見える場所に移動してくれたのだそうだ。考えてみればこれが最正解だったのだろう。
部分日食でよいのなら、東京では74.9%がかける部分日食が観測されたのだそうだ。少し暗くなったらしいが私は気がつかなかった。鹿児島や沖縄では太陽がとんでもなく細い三日月になったし(那覇で91.7%)、福岡、大阪、名古屋など各地で楽しめたらしい。
皆既日食がこの次に日本で見られるのは26年後とか。そのときまで生きていられるかどうか。94歳。しかしラジオ体操の子供たちは楽しみだろうなあ。
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