784「伊豆長岡の旅」(7月30日(水)晴れ、31日(木)晴れ)

久しぶりのドライブである。伊豆長岡の温泉に行くと言うので、電車を考えたが、史跡を巡ると1時間以上かかると言われ、車で行くことにした。沼津インターで降りて国道136号。
まずは江川邸。暑い日ざし、まさに夏本番である。
古びた楼門を潜り抜けて、受付に向かうと、なんとあの篤姫の大きなポスターがある。NHKドラマで薩摩今泉家の撮影にこの屋敷が使われたのだそうだ。
江川家は、清和源氏の流れを組み、代々韮山代官職を世襲してきた。
代官は租税の徴収、訴訟裁判などを行なう権限を持ち、旗本と同格と考えられていたそうだ。
太郎左衛門はその次男として1801年に誕生、やがて兄が夭逝したため家を継ぎ、1835年に代官となる。天保年間に起きた「郡内騒動」を治めるなどして実績を上げ、西洋砲術の研究・普及や海防政策の立案・建議・実行などで活躍するようになった。
広い屋敷に代官業務を行なったときの資料、小さな大砲、日本で始めて導入されたパン焼き釜などが展示され、高島秋帆の指南を受けて開いた砲術を教える塾となった部屋が公開されている。また裏庭には土蔵と屋根・壁が分離できる武器庫など。さらに屋敷裏には伊豆の国市韮山郷土資料館、太古の時代からこの辺には人が住んでいたらしく土器などの展示。

近くに反射炉があるので車を飛ばす。
アヘン戦争など欧州各国の植民地政策に危機感を覚えた日本は、西洋砲術導入を迫られたのである。さらに1853年のペリー来航に伴い、江戸の無防備が明らかになり、品川沖に台場(砲台)を設備することとなった。そんな背景の下に韮山の反射炉が、太郎左衛門の指揮の元、54年に起工され、57年に完成した。
巨大な箱を積み上げたような耐火煉瓦の煙突が4本並ぶ姿はなかなかのもの。焚口から投入された燃料は、ロストル上で燃焼し、炉の天井にあたって高熱を反射させ、鉱石を溶かし、煙となって細く絞られた口を通って煙突に抜けてゆく。灰は灰穴に落ち、溶解した鉄は出湯口から4本分一緒に成って出てゆく。オランダの「大砲鋳造法」の原図を忠実に模すと同時に、各所に工夫を加えている。日本で反射炉はいくつか作られたが、やがてコークスの燃焼熱を使って鉄を溶かす小さな高炉のようなキューポラに次第に変られてゆく。

この周辺にはそのほかに面白い史跡がある。
蛭が島というのは、源頼朝が約20年間配流されたところで、記念碑や頼朝と北条政子の像が建てられている。結婚したとき、頼朝31歳、政子21歳とある。狩野川の旧流路の中州のような島であったと考えられ、周辺はヒルの多い低湿地帯であった、と考えられる。
小高い丘の上にはかって韮山城があったが、今は何もないとのこと。15世紀末北条早雲の関東経略の拠点として整備され後北条氏が関東を支配するようになってからも伊豆支配の拠点となった。1590年には豊臣秀吉の小田原征伐において激しい攻防戦をくりひろげた。

鉄道を挟んで反対側に長岡市街。狩野川を越えると温泉街。
源氏山公園側にある井川という古い旅館に泊まった。伊豆長岡温泉はあやめ姫ゆかりの地と宣伝している。7階にあるここの大浴場もあやめの湯、頼政の湯と名づけられている。
平安後期、平家全盛の頃、伊豆長岡古奈良に生まれた源頼政はやがて京に上り、院内随一と言われたあやめ姫に恋をした。ちょうどその頃、帝を悩ませていたのは、夜毎丑の刻に黒雲とともに現れる「ぬえ」という怪獣、頼政は豪快に弓を引き絞り一矢でこれを退治した。帝は大いに喜ばれ、あやめ姫を授けた。しかし1180年、平氏専横の不満が高まる中、以仁王の令旨をたてに、頼政は平氏打倒の挙兵を計画、計画が露見して準備不足のまま挙兵、宇治平等院の戦いで破れ自刃する。一人古奈にもどったあやめ姫は、草庵を結び、頼政を偲びながら余生を過ごしたという。その彼女が湯浴みをしたのがこの温泉、さあ、どうぞという寸法。

この話がなくても伊豆長岡温泉は昔から有名だが、夜、バーに出てきた親父が言っていた。
「このところの不況は並大抵のものじゃない。長岡の温泉も半分くらいは廃業に追い込まれている。旅館を売る話は結構多い。買手はあの伊東園グループのように、料理は悪くても滅茶苦茶に安い価格で客を泊めるグループです。」「江川邸、反射炉、それに明日は三津浜シーパラダイスですか。標準的ですね。しかしそれしかないんですよ。」・・・・それだけあれば十分と思うのだが、そうはいかぬらしい。時代の流れか。
部屋、食事もまずまず、枕元には旅の安全を願って小さな折鶴がおかれ、特別豪華な家族風呂やコーヒーサービスなどもつき、待遇はなかなかよかった。翌日の朝、私たちは温泉街を歩き、源氏山公園を散歩した。しかし親父の言うとおり、壊れかかった廃業したらしい旅館と、やたらに安い看板が目に付いた。

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