786「やりたいことはすぐやるがいい」(8月4日(火)晴れ)

最近「人間の一生」と言うものに興味を持っている。人の一生を省みて、この人は結局どのように生きたか、それで満足であったか。中国史に興味を持ち、「三国志正史」を読むなどている。列伝と称して、それぞれの王朝に功績があったり、関係した人のことが伝記のように書かれている。読みながら、各人、何を考えて、なぜそのような残虐な行為を繰り返したり、あるいは裏切ったりして、そして最後に当人は一生をどう考えただろうか、と思いをめぐらせるなどしている。

ガールフレンドのAさんに誘われて、国立近代美術館で開かれている「ゴーギャン展」を見に行く。
ポール・ゴーギャン(1848-1903)「海軍に在籍し、普仏戦争にも参加した。その後、株の仲買人になり、デンマーク出身の女性と結婚、5人の子まで設ける。しかし株式相場が大暴落、安定した生活に絶対的な保証はないと気づき、83年、勤めを辞めて画業に専念し始める。家族を捨て、88年にゴッホと共同生活を始めたが、個性がぶつかりあの「耳切り事件」まで招来した。91年楽園を求めてタヒチに移住、一度帰国するが、95年に再びタヒチへ戻る。しかし病気や貧困に悩まされ、死を決意するまでに至る。そして遺書代わりに仕上げた大作が「我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか。」最晩年1901年にはさらに辺鄙なマルキーズ諸島に渡り03年死去。」

画面の中央に高い木の枝になる木の実を取ろうとしているタヒチの女。力強い質感を感じさせる描きぶりだが、その像によって画面が左右に分けられて居る。左中央に優しい観音様のような神様、その下に死を前にして頭を抱え込む老人。右側に楽しげに語らうタヒチの女性たち。
絵画の上手下手をどのような基準で判定するのか、分からぬが、格別に上手とは思わない。
モチーフはいろんな絵などから集めたらしい。後でインターネットで調べたところ、
「我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか。」は、画面の上にフランス語で書かれている。
D'ou venons-nous ? Que sommes-nous ? Ou allons-nous ?
この書き込みで、作品が有名になったようにも見える。彼は死に際して自分の一生をどう総括したのだろうか。病気や貧困の中に死んで言った、と後世の人は言うかも、幸福感と言うのは本人の立場に立ってみなければわからぬ。判らぬがとにかく自分の意思で選んだ道だ、満足していたのだと思う。
ただ絵の中の問いかけに、ゴーギャン自身も最後まで答えは得られなかったように思う。どこから来た、といわれれば母の腹の中から、何者かと言われればただ自分自身が良いように考えて生きているだけ、ただそれでも周囲の者に少しは気を使うところが人間の人間たるゆえんか、どこに行くのか言われれば墓に行き、土になり、消えてなくなると答えるのみ・・・・・。

終わって、四谷クラブで昔の昔営業所で一緒だった人たちと会食。
みなそれなりに満ち足りた顔をしている。別の見方をすれば、このような会を開いて積極的に出てこられる人は、それだけ余裕があるのだ。
初参加のB君は「昔から倹約に努め、良い会社ですからお金は十分に溜めました。海外旅行もどんどん行きます。エグゼクテイブクラスを利用します。」もともと営業マンで話を膨らますのが上手な男、100%信用と言うわけには行かぬが大したもの。
子会社の社長になったC君は相変わらず吹奏楽団を率いている。
「今度、なんとあのサントリーホールで公演を行うことになった。」といったら、みなから「聞きに行きたーい。」との声。ただの切符がもらえぬか、と言っているのだ!
彼の素晴らしさは仕事が優秀であると同時にフルートの趣味を持っていることだ。麻生首相が「80過ぎて遊びを覚えても遅い。遊びを覚えるなら青年会議所の間くらいだ。」「だから高齢者にも働いてもらおう。」くらいのことを言って非難された。しかし真実と思う。趣味は若いときから真剣にやっていないと身に就かない!

みなのリッチな発言を聴きながら
「何かをできると言うことは、それだけ今体力があるということだ、経済力があるということだ、周囲の条件がそろっていると言うことだ。幸せだ。まもなくなくなってしまうさ。やりたい、と感じたことは、よほど問題にならぬものである限り、やったほうがいい。どうせ20年か30年のうちには土になってしまうのだもの。」

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