800「リオデジャネイロでオリンピック」(10月4日(日) 曇り)

2016年のオリンピックがリオデジャネイロで開かれることが決まった。
あれだけ頑張ったのに東京は残念であった。私自身は別に賛成と言うわけでも反対と言うわけでもない。しかし石原知事はじめ、都庁関係者、スポーツ関係者はこれに情熱を燃やしていたからその落胆振りは理解できる。環境重視の主張し、政府の財政保証、治安の良さ、インフラの充実を訴えたが及ばなかったと言う。
「みえない政治的な力にやられた。」と知事は語ったそうだが、真実はどうであったか。

しかし何者なんだろうね、IOCというやつは。
オバマ大統領、ブラジルからはルラ大統領、スペイン国王、みんなが行くなら仕方が無いと担ぎ出されて鳩山首相、世界のトップを呼びつける実力!
日本経済新聞に「五輪招致「勝者」はIOC」という記事が載っていた。「巨額の放映権料、スポンサー資金で五輪を支える日米両国のトップが五輪を礼賛。五輪と言うブランドを擁するIOCの強さが世界に発信された。」
サマランチ会長と違い、現在のロゲ会長流は「開催可能なレベル」の4都市を1次選考で、そろえ、戦わせるまでが仕事、その先はIOC委員の自由投票」とも記事は言う。委員106人は、欧州47、アジア22、北中南米18、アフリカ15、オセアニア4、日本からは2名・・・所詮ヨーロッパの支配力の及ぶ大会。委員は自分が選ばれたことをみな感謝しているようで、結束は硬い。すると雰囲気は分かるわけで、アメリカは五輪専門テレビ局の打ち上げなどで、IOCと対立していたからまずシカゴが落ちた、マドリードは同じ欧州大陸だから最後まで残ったが、南米初めてというリオの魅力には勝てなかったのでは・・・・とは私の勝手な解釈。

しかし結果を突きつけられてみると一番いい場所に決めたような気がする。
他の年に較べ、リオデジャネイロは、これから発展してゆく、そのためにオリンピックが一番必要な都市のように見えるからだ。環境問題や、貧民街問題、いろいろな問題がこれを機会に解消されればいい。初めて、も大きな要素だ。なにやらと同じで、一度経験してしまうと、そのよさも悪さも分かってしまう。覚めた目で見られるようになる。東京が都民の支持率が、候補4都市の中で一番低かったのは、それが原因ではないか、と思う。都民は過去の経験でさめているのだ。
しかし世の中の決定はともかく、自分としては何を考えるか。

昔、会社からイギリスに2年留学させてもらったとき、帰りは好きなコースで帰っていい、というようなことを言われた。それなら地球を逆周りで帰ればいい、と「ブラジル経由で帰りたい。」といった。距離的にどうか知らないけれど、運賃は大分高くなる。会社から「いくらなんでも」といわれた。結局ニュージランドを経由して帰ったのだけれど・・・・。そんなわけでブラジルには行ったことがない。考えてみれば南米に、日本人が余り行かないのは直行便がないせいが大きいと思う。ないから客が少ない、少ないから直行便がないみたいな論理なんだろうが、これを機会にどこかの航空会社が作らないものか。

あそこはポルトガル語を話す。なぜポルトガル語を話すかご存知か。1494年のトルデリシャス条約で、ポルトガルとスペインは自分たちで地球を半分づつぶんどることにし、大西洋の真ん中に区分線を引いたが、ブラジルだけ東側に出っ張っていたため、ポルトガル語圏になった。
昔、リオデジャネイロは、ポルトガルの首都だった、と言えば驚くかもしれない。
しかし本当。1807年、ナポレオンに率いられたフランス軍がポルトガルに侵入、王室はブラジルに逃れた。1822年に独立するまでポルトガルの首都であった。
ブラジルは、人口約2億、面積850万平方キロは日本の22倍、通貨はレアル、株屋がこれからBRICS諸国が伸びます、と言うがその先頭!
リオデジャネイロは人口1200万の巨大都市。
サンバの国、情熱の国。車がサトウキビからとったエチルで動く国。酔っ払い運転にはならないのだろうか。リスボン旅行の際、テージョ川のほとりにキリストの像がたっていることを知ったが、あれはブラジルのものをまねたもの。本物を見たい。しかも知識人の私は、ポルトガル語を知っている。リオは川、ジャネイロは1月、オブリガードはありがとう。アマゾンもイグアスの滝もひとっとび!
おおいに旅情をそそられるではないか。

オリンピックの前に行くべきか、後に行くべきか。みな色々あるだろうけれど、私の場合は前でなければいけない。2016年、私は75歳、もう海外旅行にゆけるかどうか分からぬ!
とりあえずブラジルまでは遠い。そこで今夜は都内のブラジル料理レストランまで行こうか。ブラジル料理の代表、シェラスコでも食べてみたいものだ!
・ ・・・・・
最後にこの通信は、定年後に始めて1年間で大体100作出している。とうとう800回。あと2年で1000回、それも越えてオリンピック開催まで元気で書き続けたい!

註 ご意見をお待ちしています。
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読者のA氏から次のようなメールをいただきました。

昔のアイオーシーのサマランチ会長は開催予定国など訪問して接待を受けたかアーオイシイのタダランチなどと陰口をきかれたようですが、今の会長は違うやり方なのですかね。いずれにしても魑魅魍魎のすむ世界で政治の世界と同じように見えますがね。

また、以下は私が友人から酒の席で聞いた話。

1984年のオリンピックはなぜロスアンゼルスになったか。実は外に候補がなかったのです。

開催国の財政支援が増大し、どの国もお手上げ状態になっていたからです。
そこで、ロスが打ち出したのが税金を使わないオリンピック。
「前回の施設をそのまま利用する」という今回の東京の提案は、実は、この時、すでにロスで実行されていたので、
目新しい提案ではないのです。
(「税金を使わないため」ではなく「環境のため」と言い換えていますが)

そして、「アマチュア・スポーツの祭典」を、「世界最高峰のスポーツの祭典」にしたいと考えていたIOCが、
プロの参加を認め、テレビ放映権を思い切り値上げし、さらに一業種一社の協賛スポンサーをつのった。
この時のエピソードをひとつ。ペプシを蹴落として協賛企業になったコカコーラが、有料聖火リレーを提案し、ニュース性を高めるために、地区毎にビッグ・タレントを入れ込み、その招致費用を負担する代わりに、到着した走者に必ず赤いタオルをかけることにさせた。(コカコーラのロゴは入っていない!)
結果的には、このオリンピックは、税金を投入するどころか、大黒字になった。そして、売り手市場となったIOCは怪しげな金の蠢くブラックな世界になり、招致活動は過熱し、選手は「楽しんできます」とずうずうしく発言し、観客は「感動をありがとう」と叫ぶようにしつけられた。

しかし現在では、中心となるテレビ・メディアの衰退により、この商業オリンピックの収益源も限界にきているので、
まもなく赤字が復活し、招致活動も沈静化するでしょう。その時、再び、国からの財政支援を引き出すための下準備として、今回「国のトップ勢ぞろい」を仕掛けた・・・
仕掛け人が誰かだけはちょっと気になるが、ひょっとしたら彼は商業業オリンピック中興の祖になるかも?