一日、一つでもいいから何か発見するように心がけている。発見と言うと大げさだが、新しいことに気がつく、位の意味である。三日間かけて、一人で塩原温泉に行ってきたが、いろいろの「発見」があった。
ホテルは電話で予約した。新宿から「もみじ号」というJRバスが1日1本出ている。インターネットで調べ、電話で申し込み、コンビニで金を払って切符を手に入れた。
よくお年寄りが温泉に何日も静養にゆく。何をして過ごすのだろう。私も実験してみよう、と考えたが、根がまじめな性分なのか、何かせぬと気が済まぬ。結果、3日とも塩原の温泉を北から南まで、こつこつと鼠みたいに歩き回る羽目となった。
塩原には国道400号、箒川沿いに11か12の温泉がある。下から順に大網、福渡(ふくわた)、塩釜、塩の湯、門前、畑下(はたおり)、古町、中塩原、上塩原、新湯、元湯など。宿泊した伊東園ホテル塩原は古町にあり、もと農協の保養所だったとか。後ろは箒川、向かいに源三窟がある。小さな鍾乳洞で昔鎌倉と対立した武将源有綱が隠れすんでいたところとか。
塩原を選んだ理由の一つに、実は尾崎紅葉の「金色夜叉」がある。「続々金色夜叉」で宮に死なれた傷心の貫一がここを訪れ、人間として再生するのである。尾崎紅葉は明治36年(1903年)に36歳で夭逝した大文豪だが、なくなる4年前明治32年に健康を害して塩原を訪れている。このときの体験をこの作品でいかしているのだ。間貫一は畑下にある清琴楼で過ごしたことになっており、初日にたずねてみた。歴史上重要と考えているのか古びた建物が残っていたが、営業は隣の別館で細々やっているようだ。伊東園ホテルグループは、安ホテル経営の代表で、いつもも変わらぬ低料金でとめてくれるホテルを関東一円に経営している。夕食はバイキングで味気はないが、建物とロケーションは、経営の行き詰まったホテルを買い取っているらしく悪くない。2日目の夜NHKTVでここ1,2年でこのようなグループがどんどんでき、昔ながらのホテルが苦戦していると報じていたが、清琴楼なども時代に押し流されてゆく代表のように見えた。
それにしてもあの「続々金色夜叉」に見える塩原の記述は見事なのである。
「日光冥く、山厚く畳み、嵐気冷かにして谷深く陥りて、幾廻せるつづらおりの、後には密樹に声声の鳥呼び・・・・」「これより行きて道あれば、水有り、水あれば、必ず橋あり、全渓にして三十橋・・・・」難しい文字が多すぎて写す気にならぬ。とにかく貫一の歩いたことになっている西那須野から畑下までの旅気分を、少しでも味わってみたくなった。
3日目、JRバスターミナルはホテルのすぐ近く、2時にそこから新宿に戻ることになっている。それまでに塩原温泉入り口にあるもみじ谷つり橋までバスで行き、歩いて戻ってこられないか、と考えた。土産物屋のおばさんは「無理、無理、私も若いときに亭主と喧嘩してもう少し向こうから歩いてきたが大変!」というが8キロくらい、何とかなるだろう。
もみじ谷大吊橋は、全長320メートルで無補剛桁歩道吊橋としては、本州一の長さを誇る。つり橋に乗ると、湖のように広がる川に落ち込む山々の紅葉が見事、川から噴き上げる風を感じながら少しスリリングな気分も味わえる。来た証拠にとにかく橋を渡る。
戻って国道400号を元に戻る。回顧吊橋を散策するルートもあるがここは省略。車がひっきりなしに来るのでよほど注意して歩くことが必要。仙ぜんの滝、連珠の滝は道路近くであるから楽しめた。留春の滝は、箒川河岸まで下りねば成らぬからなかなか大変。1時間くらいで湯守田中屋前につく。少し行くと八汐コースという散策道があった。「3.7キロ、ビジターセンターに出る」と看板。時間もあるからトライしてみようと細い道を谷に向かって降りてゆく。発電所らしい場所、布滝等を経てどんどん山の中を進む。一人で山の中を歩くと言うのはなかなか不安なものだが、視界が開けて、男たちが自然の温泉に使っているのを発見したときには安心した。不動の湯である。最初の日にホテルから大分歩いてここまできて、もう少し行こうと思ったが暗くなることを恐れて辞めた。
12時過ぎに早くもバスターミナルに着いた。得意げに話すと、土産物屋のおばさんは「どんな速さで歩くの?」とびっくりした顔をした。時間が空いたのでホテルニュー塩原の温泉に入る。温泉は今回の旅で三つ目、伊東園のものと、昨日は反対に歩いて華の湯という公営浴場を見つけて入った。ビールとともに天ぷらそばを食ったが、隣には広州から来たという中国人の若者が楽しそうであった。時代は変わったものである。
塩原温泉の歴史は古く806年にはもう元湯が発見されたとか。かっては福渡に御用邸まであったが、今では国立視力障害センターになっている。落ち着いた温泉で、正直私はもう一度機会があったら尋ねてみたく感じた。
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