塩野七生の処女作である。5年のイタリア遊学から帰って、中央公論にこの作品を発表した。
読書はその人のレベルによって変わってくるのだ、と思う。中学生の頃いきなり読まされた夏目漱石はやたら難しく理解しづらかった。しかし今になってみるとなかなか面白い。この書で扱ってルネサンスという時代背景も、我々の多くには理解しがたいところがある。それが歳とともに少し知識レベルと人生経験が増えて楽しく読めるようになった、と言うべきか。
ルネサンス期に生きた4人の貴族の女性を描いている。
イザベラ・デステ(1474-1539):ルネッサンス時代、イタリアは小さな都市国家に別れていた。彼女はフェラーラのエステ家出身。16歳でマントヴァ侯のフランチェスコ2世ゴンザーガの元に嫁いだ。フェラーラもマントヴァも行ったことがない。インターネットで調べるとイタリア共和国、ポー川流域にある町でフェラーラ県の県都。エステ家によって整備され、その町並みは世界文化遺産に登録されている。マントヴァはウイキペデイアの説明が見つからなかったが、やはりイタリア中部の町、あの歌劇リゴレットのマントヴァ侯爵の歌が記憶に残る。
著者は、ルーブル美術館に残るレオナルド・ダ・ヴィンチの手に成る彼女のデッサンから書き始めている。しかし「モナリザ」のモデルも、通説ではジョコンダ夫人とされているけれども、彼女である、という研究者もいるとか。だんだん親しみがわいてくる。
1509年、ヴェネツイアがフェラーラ、マントヴァに触手を伸ばし、夫を捕らえるが、フランス、法王と巧みに連携し、夫を取り返し、自国の安全を守ることに成功する。マントヴァには多くの文化人が才色兼備の彼女を慕って集まり、ルネッサンス文化の花が開いたが、1519年夫が他界。彼女はローマで生活を始めるが、1527年ドイツ・スペイン帝国連合軍によるローマ掠奪を受け、ルネッサンスは終了、彼女も晩年を迎える。
ルクレツイア・ボルジア(1480-1519):彼女は、ロドリーゴ・ボルジア、後のローマ教皇アレクサンドル6世の庶出の娘であり、兄は軍人、政治家として悪名高いチェーザレ・ボルジア。修道院で少女時代をすごした後、13歳でペーザロのジョバンニ・スフォルツアと結婚するもまもなく離婚、1503年には3度目の結婚をフェラーラ領エステ家当主アルフォンソと結婚し、サロンの女主人として浮名を流すなどする。しかし1503年にアレクサンドル6世、1507年に突然兄のチェーザレが他界し、彼女の青春時代は終わりを告げた。
歌劇「ルクレツイア・ボルジア」など、彼女を題材にした小説等が多く出されている。
カテリーナ・スフォルツア(1463-1509):この時代、最も美しく残忍と言われた女性領主。作品は1500年、フォルリ(イタリア北東部の古都)の城をチェーザレ・ボルジアに攻められ、落城し、捕らわれの身と成るところから始まる。武力をもって輝き、ミラノ公国の当主となって権力をほしいままにしたスフォルツア家の精神は、ここに終わる。
人質の子供たちを殺すと脅す城外の敵に向かって、スカートを捲くりあげ「子供ならここからいくらでもでてくる。」と叫び、敵味方を唖然とさせたエピソードがあるそうだ。また彼女の美容の処方箋はヨーロッパ社交界の女性に多大な影響を与えた。
カテリーナ・コルネール(1454-1510):ヴェネツイアは、ルネサンス時代、大国スペイン、フランスなどよりも富と権勢において優位であった。しかしトルコが首都をコンスタンチノープルに移し、野心をむきだしにし始めていた。対策にヴェネツイアは、キプロス支配を望んだが、同島では私生児ジャコモ二世が王位についた。キプロスにもトルコは脅威であり、連携強化のため、経済的に力のあったコルネール家のカテリーナが王妃に送られることになった。
この作品は、1468年に彼女が嫁入りにゆく場面から始まる。1473年、ジャコモ2世がなくなった直後、ナポリがキプロスを狙ってファマゴスタの乱を起こすが失敗、この後、ヴェネツイアは、名目上カテリーナを戴きながら、キプロスを実質的に支配してしまう。1488年、ナポリは、リッツオ等を使ってまたも画策するも失敗、このときは、カテリーナ自身が陰謀にかかわっていたとされる。結果、翌年、キプロスは「カテリーナの意志」によってヴェネツイアに併合され、彼女は晩年の生活をヴェネツイアに戻って行なうことと成った。
ただ彼女は、運命の変遷を嬉々として受け入れたようにも見える。作者の以下のコメントが印象に残った(293p)。「女の中には、その受けた苦悩や悲哀が、少しも影を落としていない者がいる。努めてそれらを克服して、表に見せまいとしているのではない。かといって、それらをじっと胸のうちにつかんで、自己の飛躍の踏み台にしようとするのでもない。自然に、ごく自然のうちに、苦しみや悲しみは、彼女たちから去ってゆく。・・・・こういう女は、最も幸福な女である。・・・・・」
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