818「メールに対する私のお答え」(12月1日(火)曇り)

不思議なものである。今日から12月、11月中はなんとなくのんびりしていたのに12月という声を聞くとあれもやらねばならぬ。これも年内に、と急に忙しく感じられる。
ところで私にとって、最近政治が面白くない。気に入らぬことばかりである。
この前テレビでの放送「マスコミは与党の悪口ばかり言っている。しかしみんなが選んだ政権ではないか。もっと温かい目で見てやってほしい。」
しかし私はそうは思わない。47%の得票で、72%の議席を取り、反対派をねじ伏せた結果の政権ではないか。53%が気に入らなければ、逆に引きずりおろそうとするのは当然ではないか。それをみな民主主義と呼んでいるのだろう、くらいに考える。最近私と同じように考えているらしい人から、ボヤキを2通のメールでもらった。もらったメールの内容は書かぬが、答えに私の「思いのたけ」が大体含まれているので掲げる。

(メール1に対する答え)・・・・・仕分け人はもともと批判的な人が、削ることが使命のように吹き込まれて仕分けするのですから、厳しくなるのは当然と思います。(・・・中略)いきおいとにかく相手を説き伏せて、強引に削減に持ってゆくことになります。ちなみに国会議員の給与を仕分けにかけたらいい。みな自分には関係ないから、「無給でもいい。」などと言い出す者も出てくるのではないか。金が出れば受益者はいるわけで、世の中どれが正しい予算のあり方など決めにくい。それでも国民がみんなで予算を検討する、という感じを与えた点では事業評価は評価できます。しかしそれなら全部やるべきです。仕分け人が偏らないように、多くの仕分け人をそろえるべきです。そう考えると、この方式は将来的には無理があるように見えます。

鳩山首相の献金問題は常識で考えるべきだと思います。私は鳩山首相は、辞任すべきだと思います。9億円の金がわたったにつき、3つのケースが考えられます。
貸し付けた・・・・・これは証拠がないのですから、通らないでしょう。もしこの主張を通すなら、これから税務署は一般庶民にも「その言い訳」を認めるようにしてほしい。何しろ脱税摘発は厳しいのですから。
政治資金・・・・・これは当然一人150万円、というルールがあるのですから、法律違反です。
母親からの贈与である・・・・・・この場合は当然贈与税、さらに重加算税も払ってもらうのが当然です。これが何もなしでいいのなら相続税など意味がなくなる。親から子に財産を分けたい人間は、ヤマといるはずです。
私が気になるのは鳩山首相のいい抜けです。「秘書が勝手にやったことで知らなかった。」
9億円の金が自分の懐に入っているのに知らなかった・・・・・・若し本当にそうだとするなら、その金銭感覚だけで、お母さんに失礼、国の政治を預かるものとして失格だ、と思うのです。500万や1000万の金ではないのです。9億円・・・・サラリーマンが一生かかっても到底稼ぎ出せぬ金額・・・・・それが転がり込んでいるのに知らなかったはなんですか。
仮に「親が子の選挙運動を助けるのが法律違反とは知らなかった。」というのならまだ許せると思います。しかし「まったく知らなかった。」はひどすぎる・・・・・・。(後略)

(メール2に対する答え)・・・・・・沖縄の普天間基地の問題は民主党の考えが現実をはっきり踏まえていなかったからではないですか。社民党と国民新党はもともと政権をとるなんて考えていなかった。日本全体のことなんて考えていなかった。前者は憲法9条墨守であり、後者は郵政民営化反対、だけではないですか。それを民主党が数あわせと、国民へのポーズのために、政策協定を結んでひきいれたのではないですか。入れてしまった以上、少数政党の意見も無視できない。ひとつにはそのつけが今になって出てきている。
もう一つ考えさせることはマニフェストです。小選挙区制は、二大政党を志向するものです。一つの選挙区で主張の違う二つの政党が渡り合う。両者を比較するためにマニフェストを作った。それは口頭でなく文書であったがゆえに、党全体の公約としてゆきわたってしまった。いまさら引っ込めるわけにはゆかない。候補者はすべてこのマニフェストに従ってやってもらうべきであった。(逆に言えばこれだけはっきりするとどんなガラクタ候補者でも良かった。)ところがまだその意識が薄い者がいた。そういう人間は時にリップサービスをする。出来もしない約束をする。沖縄から選ばれた某議員は基地の県外移設を行なうと約束して当選してしまった。沖縄県民がそれを期待するようになったのはやむを得ないことでしょう。しかしアメリカがすんなり言うことを聞くはずもない・・・・・・・。今となって、民主党は「マニフェストは実行するように努力するものの、状況によっては別の道をとる、少数政党はわが党の意見に賛成でないならでていけばいい。」位の宣言をするべきだ、と思います。

註 ご意見をお待ちしています。
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読者から次のメールをいただきました。

実施責任者は2案有り60対40のときは意を決して60の方を実施しなければならない。評論家ならばこちらも考えうる、あちらもある。でも比較的こちらが良いでことたりる。
今の不幸は評論家が心の準備もないまま、実施者になったことであろう。
選挙のときに当選しそうも無い候補者が、落選したときの挨拶を考えて準備していたが、当選してしまった。そのとき当選の挨拶を求められて絶句したという小話が有る。
心の準備は大切なことであろう。

沖縄の問題だって日米関係は大切である。住民にもいい顔をしたい。社民党にも気を使いたい。
そういうジレンマに対して、ある日はこちら、別の日はこちらと評論しているうちに無駄に日時を費やし、相手が怒り出すまで待って、それでも決める決心が付かない。評論家としては立派、実施者としては落第。
社民党などは、次の参院選の後切り捨てるのだという積りで使い捨てにする。早く悟られて離反されたらその時はその時と、冷酷に考えなければ政治は出来ない。右顧左眄は美徳でない。
信念に従い行動して、それが国民に気に入られなければやめればよい。その覚悟が無くては駄目だ。
結局、友愛の人は独裁者には勝てないのである。ということで間もなく独裁者の出番になるのかなあ。