数日前のことであった。
勤めていたガス会社からのメールにOB会員の死、それがY君と知ってびっくりした。
かって私の部下であった男、気さくな人当たりのいい男。
それにしても亡くなったのが18日、通夜が今日30日、明日が告別式
間が空きすぎる。なぜか、事故にでもあったか、旅先で亡くなったか、色々考えさせる。
「とにかく葬式には行こう。」とすぐにきめた。
葬式に行く、行かない、なんていうのはこの年になればフィーリングで決めればいい。
現役時代のように義理や社会的関係などで考える必要はない。
同僚だった先輩のAさんやB君に電話をした。二人ともY君と親しかった。
そしてAさんと草加駅で待ち合わせることにしたのである。
草加、何年ぶりだろう。
30年位前、葛飾の営業所に勤務していた頃、Y君と一緒だった。陽気な男であった。皆と騒ぐのが好きな男であった。人をまとめるのが得意、その代わり文章はどうも苦手だった。主語と述語が分からぬことがある・・・・。いつか五色沼に課で旅行に行った。夜の宴会で彼は飲みまくった。同僚たちと肩を組んで陽気に踊った。誰かがそれを写真に撮った。どこでどうなったのかまったく記憶にない。彼だけフルチンのように見えた。
地域開発という仕事をやっていた。都市ガスを普及する仕事である。一般家庭が都市ガスを普及してもらうには負担金というものを払わねばならぬ。地域で何十件、何百件とまとまり、その負担金を払って都市ガスを引いてもらう相談をする。まとめて引かせる仕事がわれわれの言う地域開発である。Y君はその担当であった。草加は地元ということも会って随分熱心に取り組んでもらった。現場の話に非常に通暁していた。
何件か開発した。都市ガスが引かれることに成るとプロパンガス業者がいつも文句を言ってきた。自分たちのお客である、その上ガスボンベなどは消費者のものではなく自分たちのもの、それを勝手に取り外して都市ガスを引くとは怪しからん、というのである。
草加は駅自体がホームが二つになり急行が止まるようになり大きく変った。その周辺もここは昔来たことがあるのか、と思うほど。大きなプロパンガス業者にH産業があったが、今は大きなビルに建て変っていた。
しかし旧日光街道沿いにある霊場に近づくに連れて昔の面影を感じた。あまつさえ安普請の関所のようなものまで作ってあった。地域おこしの一環なのだろう。草加せんべいを作って売る店が数件。地域開発とは別にこういったお客にも都市ガスを使ってもらおうと勧誘したものだ。
Y君はまだ関連の会社に勤めていたらしく、ガス会社関連の弔問者が多かった。Aさんは油絵が趣味。ガス会社のインターネットでも紹介されたらしい。それを皆が知っているから話題の中心になっていた。祭壇にはもうOB会会長とガス会社社長O氏の花束が届いていた。O氏も葛飾を出てから一緒に働いたことがあり懐かしい。棺の中のY君の顔をのぞく。眉間にしわを寄せ、ちょっと苦しそうな表情。真言宗らしく和尚が呪文のようなお経を唱え、脇の控える別の和尚が合いの手を入れる。そんな中をお焼香してゆく。
みなの話によるとY君はネパールに旅行中なくなったのだそうだ。ヒマラヤの登山口、北部には8000m級の山が並ぶ。旅行中は酸素ボンベを渡されるが、心臓には相当に負担の来る場所かも知れぬ。一人でパッケージツアーに参加し、みんなと歩いているうちに気分が悪くなり倒れた。もう心肺停止の状態だったとか・・・・・。人の一生は分からぬ。
昨年その頃の私の課の有志が集まったが、Y君が表れた。思えばあれが最後になった。随分金を溜めた様子で、旅行をしまくっていると自慢していた。しかし大分太ったようで心配していた。運動しろよ、と話したものだったけれど。
検死などもあり、死体が手元に届いたのはわずかに3日前であったとか。ご挨拶もしなかったけれど、一番先頭に奥さんが座っていた。落ち着いておられるように見えた。もう一時的感情も過ぎたというのだろうか。
Aさんは皆にあって懐かしくなったのか、又あの去年のような集まりをやろうよ、としきりに言う。「晨星落落」〔明け方の空に残っていた星が一つ一つ越えて行く意味から、友人が年とともにだんだんいなくなること〕。分かれて一人になったとき、ともに戦った戦士を又失い、心の中の一つの絵が消えたような寂しさを感じた。
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