897「領土問題に思う」( 8月20日〔金〕晴れ)

池上彰の終戦記念日についての放送で
「日本では8月15日が終戦記念日になっているけれども、ロシアでは9月2日を戦勝記念日にした。これは北方領土を制圧した時期が8月末で、8月15日が終戦記念日では戦争後に進入したことになり都合が悪いからだ。」というようなことを言っていた。
8月15日は玉音放送のあった日である。韓国、北朝鮮、日本が認めている。
9月2日はミズーリ号上で日本が降伏文書に署名した日である。米国、英国、ロシアなど連合国の大半が認めている。どちらが正しいともいえぬが、ただ領土問題となれば歴史まで勝手に解釈するという点に注目したい。

中国で最近沖縄は中国の領土というような議論が出ているとか。余り根拠はないようだ。
あるサイトの記事を引用すれば
「琉球王国は1180年代の後半に舜天によって作られた独立国家ですネ。中国がもしもこれを領土であるというのであれば、その根拠は1372年に始まった明朝への入貢でしょうか?或いは、2000年札にも印刷されている守礼門が中国への服従のシンボルであるということでしょうか?確かに琉球王朝は1874年までの500年間に渡って、時の中国政府に対して貢物を納めてきましたからネ。1627年には琉球王国は薩摩藩に吸収され、1872年には明治政府から琉球藩としての地位を与えられています。これは日清戦争のはるかに前であり、別に戦争で割譲を受けた日本領土ということでもありません。ですから、中国政府が沖縄を中国領であるとする歴史的根拠はありません。」
その通りなのだろうが、沖縄国民がもし米国の基地がいやで中国領であることを望むなら、そのように換えればいい、位の議論は起こっても不思議ではない。
別のサイトには今外国人に地方参政権を与えることが議論されているが、そうなれば中国は沖縄で土地を買い捲り、中国人を送り込み、議員にもなり、そのような意見をおこすことも可能である、と危惧していた。

中国と領土といえば、とりあえずは尖閣諸島問題が頭に浮かぶ。もともとは日本の領土であるが中国は中国領との主張を1970年ころから始めた。同じサイトから
「日清戦争の講和条約よりも1年以上前の1885年に正式に日本領となった尖閣諸島は日本固有の領土です。大正9年に福建省の漁船の遭難を救ったことに対して、時の中華民国政府は『日本帝国八重山郡尖閣諸島』に対しての感謝状を発行し、公式に日本領であることを認めています。そして、日本領であることを世界に宣言してから86年後の1971年まで、一度も中国領であるという主張はしませんでした。沖縄本土復帰直前の時期で、海底資源の存在がわかったとたんに、史実を捻じ曲げての領土主張を行っています。」

対馬が韓国領だとする議論もある。最近の記事で
「インターネットの地図サイト「グーグル・アース」上で対馬が「韓国の植民地」「韓国(領)」などと記載されていることが分かった。」
「韓国人が対馬の土地を買いあさっている。」などの報道。
別のサイトでは
「歴史の中で初めて登場するのは、邪馬台国と同じ魏志倭人伝です。魏志倭人伝では、対海国として、一つの国として登場します。古事記に置いても、最初に出来た島の一つとして登場してますが、現在の古事記自体改ざんされたものなので、原点での扱いはわかりません。大和朝廷による国内統一時の四世紀頃は、国としての扱いでした。7世紀頃までには、日本に編入されたと考えられます。反日政策をとった李承晩時代の韓国が領土権を主張しました。しかし、歴史的事実として、韓国の領土だった事はないはずです。ただ、日本と朝鮮とに挟まれた対海国は、弱国の常として、両面外交をしていたと言われます。その当たりに、韓国が領土を主張する根拠があるようです。ただ、竹島と違い、日本は完全に無視しています。」
その通りである。しかし竹島を不法占拠している実態をみれば、状況によっては韓国が対馬を自国領土を騒ぎ出す日がないとは言えない。
領土の帰属はもちろん歴史的根拠も必要であろうが、時として力関係によってまだまだ決まってしまう情勢であることは忘れてならない。平和ボケした日本に災いが降りかかるかもしれない、と恐れる。

877で紹介した「日本人へ・・・・国家と歴史観」(塩野七生)を思い出す。沖縄返還について彼女は「戦争に敗れたがゆえに失った地を、再度戦争に訴えることなく取り戻すのは、大変な難事なのである・・・・・。」そう、沖縄返還は歴史上ほとんどありえなかった僥倖だったのだ。

註 ご意見をお待ちしています。
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読者から次のようなメールをいただきました。

私も基本的には阿笠さんの意見に賛成です。
民主党政権の外交戦略は何なのでしょうか、全くの素人外交にしか見えません。
後ろ盾になってもらうべき米国とはぎくしゃく、中国の圧力には腰砕け(国内法に従って粛々と手続きを進めると言っていた中国漁船の船長を検察当局の判断にすり替えて処分保留で釈放(仮に検察当局がそのような政治判断をするようであればそれこそ法務大臣の指揮権を発動するべき事案だと思います)、あまつさえ日本に対して、中国政府から謝罪と損害賠償を求められる(日本政府の超法規的な処置に感謝すればまだ納得だが)など外交の稚拙さに眼を覆うばかりです。
アメリカからの何らかの介入が有ったのかもしれませんが(でも、今回の事件で、明確に尖閣諸島は日米安全保障条約の対象と米国が宣言してくれたのは大きな成果です)
中国の外交戦略は帝国主義の延長線上に有るように見えます。チベット、モンゴル、南沙諸島等をはじめとする海洋戦略の展開など、最近の中国の大国ぶりの行動に対してはアジア諸国、アメリカと連携してけん制していかなければならない問題だと思います。
でも、今回の尖閣の問題は少しは日本人に、領土問題、安全保障問題に眼を覚まさせくれたとしたら結果オーライかもしれませんね。
それと、日本の終戦の時期の問題ですが、日本政府は8月14日ポツダム宣言の受諾を連合国側に通知しています(連合国側は8月14日を戦勝の日としています)8月15日は天皇陛下が国民に終戦(敗戦)を宣言した日です。
9月2日はミズーリー艦上で降伏文書に調印した日です。
ソ連は降伏文書が調印されるまでは、戦闘状態にあるとのことでガンガンせめて来ました(ここでも、日本政府の終戦処理の間違いがありました。関東軍は玉音放送が有った後8月17日には武装解除しています(以上、半藤一利「昭和史」 降伏したからには戦闘停止と言うのは日本人だけの感覚でしょううか?)
今、浅田次郎著「終わらざる夏」を読んでいます(まだ上巻の途中ですが)終戦時の千島列島最北端の島の占守島のソ連との攻防の話のようです。
戦争を始めるのも大変だが、いかに速やかに終わらせるのかも大変なことですね。