私たちは昭和42年、つまり1967年に入社した。私は大学院を出ていたから、皆より2-3歳上、会社を10年近く前、定年で辞め、もう来年は古希を迎える。
同期の集まりが品川のホテルで行なわれた。
社長まで上り詰めたA君は、退いた後も業界や商工会議所の役員をおおせつかり、忙しいらしいがそのほかは大体は、それなりの余生を見つけ、孫の相手などする年齢になった。
最初は41人いたのだが、退社したりなくなったりした者、あるいは何かわだかまりがああり「もう連絡するな。」としてきた者、都合がつかなかった者などあり、出席者は10数人。
それなりに楽しいときを過ごした。
みな横丁のご隠居、というわけだが「日本はもうだめなのではないか。」と悲憤慷慨するものが随分目立った。
植木職人になったB君、あれはA-Dまでの腕前によるクラス分けがあるそうだ。最初にDクラスだったが、今はBクラスで親方代行をする、お前のところは植木は大丈夫か、等宣伝していた。植木をすることが楽しくて仕方がない。一日汗を流してきれいになると一人暮らしのおばあさんなど涙を流さんばかりに喜んでくれるとも言う。その彼の発言は幾分右寄りということになるのかも知れぬが・・・・。
今回の尖閣列島をめぐる問題は中国はシナリオどおりに進めている。日本は心の準備がないものだから慌てふためいてへまばかりしている。国家の本質は人と土地だ。それを奪われ放題では国として誇りが発たぬ。日本は核武装すべきだ。アメリカに守ってもらおうなどという意識がおかしい。いざとなったらアメリカは日本を守ってくれない。
それに1000兆に登る借金だ。本来は年金も医療費もどんどんカットすべきだ。ところが省庁から出る予算は90兆など・・・・増え続けている。対策をすぐに採るべきだ。消費税は15%から20%に段階を踏んで上げなければならない。心配するな、これだけの消費税をかけている国は結構ある。しかし国民が其のことを支持しない。目先の幸福追求のみに追われている。そのほかの税金ももっともっと厳しくせざるを得まい。
「今の三十台は狂っている。何を考えているのか分からぬ。」と嘆くのはC君。
平和主義を唱える連中は自分の子が戦争に行くことになったらいやだ、ただ其の一点だ。
国の大切さを忘れている。彼らの世代に国を守ろうという意識はない。正義に突き進もうとするがむしゃらな意欲がない。そして絶望している。
結婚してもいいことはない、と考えている。会社では仕事はどんどん厳しくなり、上司にいじめられている。だからそれが切れると部下を猛烈にしかったりする。部下がまたやる気をなくす。悪循環、寂しい世界だ。
彼の時代背景がそのような三十代を作り上げた、という議論はなるほどと思った。
我々の親の世代は日清・日露の経験を持つなど苦労を知っている。我々は平和な時代をすごし幸福だった。しかしそれゆえに国の大切さを子達に教えることに失敗した。今我々の同期を尋ねると、驚くほど子達の問題で悩んでいる者が多い。
子達は豊かな時代のみを享受して育った。権利も知らされ、情報もどんどん入ってくると様になった。しかし成長してみて厳しい現実を思い知らされることとなった。我々と逆。その結果がこのようないびつな子達を生んだのではないだろうか。
それでも、これからどうしたらよいのか、というところは皆結論を出せない。自民党政権、民主党政権どちらがいいのか、という議論も平行線だった。落ち着くところ「人材が居ない。」所詮ごまめの歯軋りである。しかし平和に歯軋りできることを大いに喜ばなければいけない、とも言える。私自身は「自分はひとりで生活をしている。いつか倒れて、1ヶ月か2ヶ月たち、日干しになっているのかも知れぬ。其のときはよろしく。」とブラックユーモアのつもり。いずれにしろ、退場が迫ってきている我々自身を認識する。
雨のそぼ降る寒い一日。品川駅前は若いノーテンキに見える男女であふれている。書店に金美齢という女性の書いた「私は何故日本国民となったのか」という本が積まれていた。台北生まれ、日本に長い。彼女は陳水扁の夢見る台湾独立を支持し、運動してきた。中国人の現地人いじめは、それはひどいものだったそうだ。しかしそれが馬英九に変り、もはや台湾は救いようがない、と考えて日本に帰化した。台湾は、中国に飲み込まれようとしていると嘆き、それゆえに台湾を捨てた、日本ほど自由な素晴らしい国はない。・・・・・・。そんなことが書いてあるようだ。日本という国家のありがたさを、現代の若い日本人はどのくらい知っているのだろうか。
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