915「長い大きな川で勝利する」(11月16日(火)曇り)

人生という大きな川がとうとう流れている。横軸は環境であり、己が選ぶ選択の幅であろうか。
横軸を見渡すものは、情報であり、個人の努力であろうか。縦軸は時間であろうか。これは平等に流れる。その中に我々は小魚のように生れ落ち、70年か100年の歳月を経て消えてゆく。個人が消えても大きな川はそのまま流れてゆく。
個人は大体自分自身が、今より少しでも「よくなること」を求めて行動する。よくなるとは、十分に食うこと、寝ること、心地よく住むことをよくすることかも知れぬ。しかしそれがある程度満たされてくると別の方向に価値を求める。生きている存在感を増すこと等である。
存在感を増す重要なポイントは、自身で勝利を感じ、他人から「賞賛される」ことである。

昔、BORN TO WINという洋書を紐解いたことがある。内容はよく覚えて居ないけれど、勝つために生まれた・・・・其の言葉はなるほどと思わせた。勝つためには、勝つ対象が居なければならぬ。また己が勝つためには、時には人に勝たせねばならぬ。そして最後に満足感を仕上げるために「賞賛してくれる人」がいなければならぬ。
西部邁のサラリーマンの競争にかんする著書を読んだ。こちらも題は忘れた。「何故、みんな企業戦士のように働くのか。ある程度の企業で働いておれば、そんなにガムシャラやらなくても食っていけるではないか。」・・・其の結論に、彼は「競争原理が働いて、仲間より秀でたいからである。」なるほどと思った。
個人は、自分の知っている範囲でしか行動しない。知らなければ、北朝鮮やアフリカ奥地等、他人から見れば劣悪な環境の下でも、大抵の人たちは幸せに生きている。しかし都合が悪いことにインターネットなど普及して、自分のおかれている立場と世界中の他人の立場を比較して見られるようになってしまった。しかも通信速度もとてつもなく深く速くなった。だから、貧しい、ひもじい、との感情がわく。

男と女の関係は、私は広い意味でのgive and takeであると思う。ただその勝利のあるいは敗戦の真意は、本人どうしでなければ分からぬ。端から見れば「亭主関白」あるいは「カミサンの尻に敷かれているように見えても、うまくいっているケースも多い。きっとあれは前者のカミサンはそれで自分を庇護してくれ、生活も保障してくれる、それに性的生活も・・・・などと満足のしはなし、かも知れぬ。後者も同様でそこに亭主としての生きがいを感じているのかも知れぬ。それぞれに相手からある部分で自分が勝利する部分を感じているのだ。最近プロ野球のある有名な投手が、2,3年前に鳴り物入りで結婚した女優と離婚したそうだ。彼らは当初お互幸せと感じて結婚したに違いない。しかし自分の勝利ばかり求めて、相手に勝利させることを少し忘れていたのかも知れぬ、と考える。
一個の生物である。それゆえに自分中心で動く。

他人に尽しているように第三者には見えても、多くの部分が自分自身の勝利のために、行動していることを忘れてはならぬ。イギリスであるキリスト教徒に聞いた。「キリスト教は、他の宗教信奉者が死んだあとのことは知らぬ、という。それならなぜ未開の地に布教に行くのか。」突き詰めて聞いたところ「自分が天国に行ったときにイエスのもとに居られるからだ。」との答えであった。びっくりした。少し意地悪な見方をする。マザー・テレサは立派な人だ。その素晴らしい功績に水を指すつもりなんかぜんぜんない。しかし彼女はあの慈善事業に自分を勝利する道を見つけているのだ。イギリスでは、そういえばこんな忠告も受けた。「人に呼ばれたら遠慮しない方がいい。相手は君を呼んで楽しみたいのだから。」

どこに人生の勝利を求めるか、それは個人個人の考えで自由だ。唯自分を糊塗しないことだ。自分の方向を求めて動いているのであって、他人のために動いているのだ、などと錯覚しないことだ。他人に対しては勿論だが、特に自分に対して・・・・・・。それから余り語られることはないが、人、特に政治家などの発言、発言者自体はどこに目標を置いているか探ることも大切だ。国家の大義を言いながら自分自身のことを考えている。あるいは自分自身の思想のみでこの世を支配しようとしている。

しかしともかくもそうやって勝つ道を探しているうちに現在の己にたどり着く。いや、たどりついてしまった、というべきか。川には一つ特徴がある。なかなか横には行けぬ。それでも若いうちはまだいいのだが、歳をとるとほとんど横にはいけなくなる。そんな中をもがいて、現在の居場所を中心にものを考えてみる。行ける世界も見渡せる世界も狭くなったから、人のことなどますます分からなくなる。これを「頑固になる。」と呼ぶのかもしれない。それでも習い性は忘れられぬ。
いまさら後戻りしてやり直すわけには行かぬ。社長は社長で己の道を歩み続け、孤独老人は孤独老人で自分の道を歩むしかない。勝利、敗戦は、相対的なものであり、自分の考えようなのかも知れぬ。

以上、少々退屈な70年近くを生きた初老の男の人生観?でありました。

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