今年も無事平穏なよい年でありますように。うららかに晴れ渡り気持ちのいい元日。
朝早くラジオ体操。本当に寒い。しかし今年はジョギングクラブの動きが無かった。これまで毎年、競歩とマラソン大会が開かれ、其のあと、汁粉や餅がふるまわれるのだが、中心になっている酒屋のAさんが高齢であとを継ぐ者が居ない、ということなのかも知れぬ。
次女一家が午前中に来ることになっていたが、其の前に墓参りをしようということになった。私の父母、亡くなった妻の眠る墓、次女の亭主のお母さんの眠る墓、亡くなった妻の父母の眠る墓、所沢と小平で近いから車で一緒にまわろう。
二歳を越えたばかりの男の子は段々やんちゃ振りを発揮してくる。知恵もついてくる。一人でとことこ親の元から離れて走り出し、親がどうするか反応をうかがっている。墓石が万が一倒れるようなことは無いだろうか、車は大丈夫かなどはらはらさせる。
12時半頃家に戻ると酒盛り開始。
皆元気、若い。刺身も蟹もいくらもすぐになくなった。お重もかまぼこなどおいしそうなところは半分くらいなくなった。不思議に煮物だけが残る。お墓でむずがって最後には眠ってしまった二歳半もまた元気を取り戻し、動き始める。「孫は来ないと淋しい、しかし30分も一緒にやっているとこちらが疲れてしまう。もう向こうに行け、といいたくなる。・・・・・」よくささやかれる言葉である。こちらもそう感ずる世代・・・・。
彼らが3時前に帰って、しばらくソファーでぼんやりしていた。年賀状が来ていた。
あるものは70を超えて、富士山に登り、あるものは息子のがサウジアラビアに赴任したためにエジプトに旅行し、あるものはパリで一ヶ月生活したとそうだ。さらにもう少し若いものは「18歳のとき、東京から島根県の出雲大社まで自転車で1300km走ったのですが、もう一度同じ道を(電動)自転車で走ってみたくなってきました。・・・・・」などと元気なことを書いている。
中に日本の現状を憂える手紙が二つ。無断で転載。
「・・・・政権交替への期待もむなしく政治は空回りするばかりで、「今日があって明日の無い国」というのがわが国の現状ではないでしょうか。
いまや若い世代が就職にも結婚・子育てにも老後の生活にも明るい見通しを持つことができず、経済の本格的な立ち直りにはなんの手がかりも見つからぬまま、財政破綻は取り返しのつかぬところまで進行し、規制緩和/民営化の嵐によって一変した世の中には一向に明るさがもどってきません。「日本のようにはなりたくない。」というのが、昨今の世界の論調の由、誠に情けない状況です。
政治に求められているのは再建への道筋とあるべきヴィジョンの提示ということでしょうが、国民の側も他人事では済まされないはずです。しかし貧すれば鈍する、混迷の深まる中、ずるずると深みに落ちてゆく日本の姿の方に現実味があるのかもしれません。・・・・」
また碁好きのある人は「時事放談」と称し
「ある政治家は最小不幸社会を作るという派手な理念で政権をとった。しかしやってみると失敗ばかり、後手を引くばかりで国民の気がついたときには「宰相不幸社会」が築かれていた。・・・・・・政治の「菅どころ」も悪いですね。客寄せのマグロ解体ショーいや「仕分け」というのもいま一つ実効性がない。本当に「こりゃあ菅」ですなあ。昔売れた本に「狐狸庵閑話」というのがありましたね。これも「こりゃあかんわ」と読んだのですね。」
TVでどこかの評論家も言っていた言葉。
「起死回生と望みを託した民主党政権は失政続き。しかしならば菅氏に代わる誰がいいのか、小沢さんか、それとも昔の自民党政権か、誰も躊躇している状況なのではないか」
ひどい政治にひどい日本の状況。しかしそんなことを憂えるだけ、日本に、国民に余裕がある証拠なのかも知れぬ。封建時代のお殿様の暴政を考えろ、維新の官尊民卑を考えろ、軍隊ばかりが威張っていた戦争中を考えろ、戦後の食い物すらない時代を考えろ・・・・・。
夕方時間があるから八幡様におまいりに行った。長蛇の列、1時間以上も待たされた。皆幸せそうな顔をしている。やっと順番がめぐってきた。賽銭を投げいれて二礼二拍手一礼。ぼんぼん投げ入れられる賽銭をみてお寺も儲かるだろうなあ、とケチな私。
「今年一年世界も日本も平和でありますように、経済が発展しますように、株が上がりますように・・・。」
「健康でありますように、春ももう一度きますように。」
「孫娘の受験がうまくゆきますように。子達一家がそれなりに幸福でありますように。」
これだけ、一緒にお祈りしてお賽銭10円では少し安すぎたかも知れない。
註 ご意見をお待ちしています。
e-mail agatha@bekkoame.ne.jp
home-page http://www.bekkoame.ne.jp/~agatha