947「空海三昧」(3月6日(日)晴れ)

通信917「我が師は弘法大師空海」にあるとおり、その後空海の「風信抄」3巻に続き、今は金剛般若経残巻の臨書を続けている。
一方で詩吟。4月末の発表会に向けて、空海の漢詩「後夜仏法僧鳥を聞く」を吟じる練習をしている。・・・・閑林独坐す、草堂の暁/三法の声、一鳥に聞く/一鳥声有り、人心有り/声心雲水、倶に了了
最後の了了をミの音でどこまで伸ばすところが気に入っている。

ふと書棚を見回してみると、「空海の風景」(司馬遼太郎)が有ることに気がつき、数日かかって読み上げた。
空海は讃岐佐伯氏の出身とのことである。その力添えがあって、其の頃の所謂大学の明経科に入るが、途中で抜け出す。その後の10年近くの生活が分からない。しかし彼は「三教指帰」成る戯曲を書いている。インドに憧れ、性欲も中々強かったように見える。
三十歳のときに藤原葛野麻呂を大使とする舟の一員として遣唐使船に乗り込む。4艘あった船のうち、唐に行き着いたは二艘のみ。ずっと南に漂着した葛野麻呂一行等は、地元で最初、冷たくあしらわれるが、空海の書いた釈明書の立派さに助けられて長安に渡ることとなった。
丁度唐では、徳宗がなくなったときで、あわただしかった。しかし藤原葛野麻呂の大使としての仕事が終了し、最澄は、彼らとともに翌年2月には膨大な量の経を入手して長安を離れた。空海等は儒生として20年唐で学ぶ予定で残る。

空海は中国で恵果に師事するが、彼から密教について詳しく教えられた。
現世を否定する釈迦の仏教に対し、密教では現世という実在もその諸現象も宇宙の真理の現れである、とする。宇宙との心理の交信に魔術に関心をもった。密教はその後中国では現世利益的な道教に押されて衰退するのだが、日本で空海が体系化し、発展させた。
空海は橘逸勢等とともに2年くらいで帰国してしまう。著者によれば「20年というが最初から1、2年で帰国するつもりでなかったか、支給された金を存分に使って情報を仕入れ、勉強をしたのではないか。」など推測している。
其の間日本では、桓武天皇崩御の後、平城天皇が立った。まもなくむら気な性格で、女官藤原薬子に狂った挙句、帝位を投げ出し、奈良にこもってしまった。其の後を嵯峨天皇が受け継ぐが、二人の間に確執が起こる。薬子の乱と呼ばれるもので、これにより嵯峨の権力は絶対的になるが、この嵯峨が空海にすっかり帰依してしまった。

最澄は中々控えめ、かつ誠実な男だったようだ。彼は日本の仏教を従来の「論」に偏ったものから「経」典中心によるものに変えようとした。そのためには多くの経典を写し、理解することが大切であった。不足のものを空海に借りたいと申し出、空海も貸した。依頼の書面はきわめて丁寧で、自分を卑下し、空海の門下であるような書き方をした。
しかし空海から見れば、密教の根本には宇宙と一体化する修行がすえられており、経典を読めば分かるというものではない、という考えがある。度重なるうちに空海は「自分の仏教を補うために、経典を借りている。決して自分のような、実践を行なおうとしない。」と感じたようだ。二人の対立は徐々に激しさを増してくる。最澄が、自分の後を託すべく便りにしていた泰範という僧がいた。しかし彼は空海の元に走ってしまった。
灌頂という儀式がある。仏教徒にとっては仏の座に着く即位式に当たるもので、インドで行なわれる国王の即位式を模した形で行なわれる。準備は受ける側が行なう。最澄は空海に灌頂を受けることを願い、空海も受け入れ、最澄も準備に駆けづりまわり、弘仁三年十二月高雄山寺で胎蔵会灌頂を受けた。
人名を空海自身が書いているが、100人を越し、其の中には子供45人が含まれている。灌頂には実は三つの区別がある。結縁灌頂、受明灌頂、伝法灌頂、このうち行なわれたのはせいぜい受明灌頂、法のごく一部を伝える儀式である。「子供と一緒か。」と問いただしても、空海は「伝法灌頂を受けるには後三年の修行。」と冷たい。背景に「実際にわが密教を実践せずに灌頂を受けようとはおこがましい。」と感じたのか。最澄は嘆かざるを得なかったに違いない。

空海は最澄より7歳年下であったが、ずっと長生きした。今も高野山では生きていると信じられているとのことだが、実際は火葬されたらしい。
なるほどと思ったところが二つ。空海は普段イメージしているような聖人君子ではない。物欲も性欲も強い、しかし頭の回転の利く精力家、おそらく環境が彼を仏教徒にしたのだろうが、日本を動かすような政治家や実業家になっていたかも知れぬ男。
また晩年「長安にもう一度行きたい。」と感じていたのではないか。其の頃の日本は文字通り未開の国、きらびやかな文化を知ってしまったものが戻りたいと感じるのは当然か。

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