近頃は人と会うと、東日本大地震の話ばかり。
皆が話す情報はほとんどがマスコミ。しかし「新聞やTVの情報は眉に唾して疑って聞け。」とはよく言われる。疑う視点は他のマスコミ情報、自分の経験、知識、他人の話などであろうか。しかしこれが中々難しく、人々はよくだまされてしまう。それでも自分の意見や見解らしきものは、これを繰り返すうちに自分の中で出来上がってゆくものだ、と思う。自分の足りないところを補強し、つまりは知らないところを知り、考え方を知りたい、と珍しく週刊誌を2冊買ってきた。
「週刊新潮」は、「「大震災」曙光の荒野・・・・未だ人災の余震はやまず」として、こぼれ話的なものをずらずらと並べている。
もっとも豪華な避難所「赤坂プリンスホテル」が以外にも定員割れ。生活費が割高なことに加え、20階に住むなど地震が怖くて、という話。
「佐々淳行」が叱り飛ばす官邸「危機管理能力ゼロ」・・・今の状態は、船頭多くして船山に登る、三原山噴火のときなど数人で物を決めたと氏は言う。
今回の被災でアメリカの援助は大変ありがたかったが、これにもます義捐金をくれた国がある。台湾である。しかし考えてみれば日本は結構今まで台湾に冷たかったように思う。
また一方で「「放射能」という集団ヒステリー」と題して、放射能報道に踊る人々の様子を描いている。もっとも記者に放射能がどの程度怖いものなのか基準がないものだから、他人の行動を報じているに過ぎないのだけれど・・・・。
札幌医大教授が、防護服に身を固めることもなく現地を放射線量を測定して回った。「ミリの1000分の1、マイクロシーべルトを用いてリスクを語るのはナンセンス、炉心近くは別として、少なくとも原発の外、人家のある辺りでの健康被害はまず考えられない。」と指摘する。
「福島県の野菜は100キロ食べてもガンになれない。」では、放射線汚染などといってもレベルの低いもの、それに洗えば落ちる、と指摘する。魚も同様だそうだ。
「週刊文春」は、「東京電力「福島第一原発」の反乱」とし、政府、東京電力技術陣と現場所長の激しいやり取りを報じている。実は私が興味を一番持ったところ・・・・。
格納容器に窒素を入れることについて、現場免震棟が危険なことを理由に猛反対したということ。この反乱に見過ごしてならない点が二つ。一つは重過ぎる責任を負わされ続けてきた現場の悲痛な叫びであり、これに対して東電本社も政府も「がんばれ。」しかいえない点。もう一つこの案は、アメリカからの進言によるもの。国家の重要事項の意思決定政治家たちの能力のなさである、と指摘していた。
この話と同様に、東電副社長の大放言「役員辞められるならみんな辞めちゃうよ。」も興味深かった。ただこの記事を書いた週刊誌記者は、評論家の最たるもの、彼の対応が「自社の起こした事故と其の被害に対する真摯な反省は、最後まで語られなかった。」分かった風なことを言うな!週刊誌記者風情にそんなものを語る理由など感じぬ。
ほかに「私の「日本再生計画」10人の大提言」なる記事を掲げている。この記事はひょっとしたら当初は一番先頭にもってきたのかも知れない。しかし余りの内容のなさに、小さくしたようにも取れる。塩野七生氏を、私は尊敬するが、技術的な話は丸っきりのようだ。「「海に浮かぶ都」ヴェネツイアに学べ。」・・・・そんな生易しい問題ではない。水木しげる、柳田邦夫、玄侑宗久、安藤忠雄等有名人ではあるが、日本再生計画など述べているのではなく、自分の思いを述べているに過ぎないように思われる。岡崎久彦の「震度9にも耐えうる世界一の原発を開発せよ。」も少しでも具体的なものがないなら、まったく意味を持たぬ。
最後に「「放射能」という集団ヒステリー」の中に「ライバル「週刊現代」を大批判した「週刊ポスト」」という記事が面白かった。
「<嘘がデマを呼ぶ、其のデマがまた嘘を呼ぶ>物騒な記事だが、最近の放射能に対する集団ヒステリー状態と、其の現況たるメデイアの煽動報道について、言い得てはいる。」と始まる。今回の福島原発の事故が、チェルノブイリかそれ以上だ、と感じさせるような「現代」の報道に対して、「ポスト」が、事実と大分違うと報道しているとか。そして「煽る記事を載せた雑誌の方が良く売れる。」と業界の本音みたいなところをチラリ。そういえば町のタブロイド版の夕刊紙など皆この類、タイトルを見てお客が買ってくれればそれでいいのだ、と正しい報道の責任などドブにでも捨てた様子・・・皆さんも経験あるでしょう?
註 ご意見をお待ちしています。
e-mail address agatha@ivory.plala.or.jp
ホームページ http://www4.plala.or.jp/agatha/
皆さまから色々なご意見をいただきました。
関連あるところのみ抜粋し、そのまま掲載します。
読者A氏
相変わらず研究熱心ですネ(^o^)。
新聞社系週刊誌が出版社系にやられてからというもの、
「白は灰色に」「灰色は黒に」という、
ニュースで金儲けを第一義にした
アメリカのジャーナリズムと同じ道を歩いているみたいで、
それが商売として成り立っている間は
国民のレベルがその程度と考えるほか仕方がないみたいですネ(^^;)。
読者B氏
私の感想は次のとおりです。
@マスメディアは自社の売り上げを上げるため、スクープ的な報道を狙っている。解説者・コメンテータも自分を売り込むため、憶測で話す人が多い。また、キャスターの最後の言葉「でも心配ですね」的な発言は不愉快。ひどい場合はテレビ局に名前を名乗ってメール投稿してます。
A外国からの救援員について。
報道が少なすぎる。特に発展途上国から来られるのは、以前から採算度外視で人道的な意味合いで日本が物心両面で支援していたからであり、その報道が少ない。
B報道局・雑誌会社などの政党色が強すぎる。
C放射能の危険性について。
数値が先行し過ぎ。日常生活との比較情報が不足。大したことの無い数値で大袈裟に視聴者を脅している。太陽からの量、飛行機パイロットの日常的被爆量、食物でもカリウムからの被爆量等。報道は商売のために危ない危ないの発言が多すぎる。
D新聞・雑誌報道は話題提供娯楽的に見れば良いのではないかしら。ただし、社説は企業が責任もって表現しているはずなので、私は良く読みます。
E原発推進・安全基準決めたのは大半自民党時代。この件の実体報道がないのは未だ報道企業が政局離れしていない証拠。
以上NHK以外の報道はどうも?。の印象です。
読者C氏
その昔、中国で唐山大地震がおきたときには、中国は文革の最中であった。
ちょうどお釈迦様の誕生日にこの地震が起きたことから、毛沢東の治世に
たいする天の怒りであるとのうわさもたち、「天譴」つまり天の譴責だと
いわれた。我が国では村山政権、菅政権など左翼政権のときに
関西大震災や今回の震災がおきた。これすなわち「天譴」であるというのを
石原都知事が「天罰」といって顰蹙をかつた。
要するに人災が天災をまねいた。そして人災により復旧が進まない。
そういうことを言いたかったのではないか。何か気分的には分かるような気がする。
この国難に国民がいちがんとなって立ち向かうには何かが不足して
居るのは事実らしい。
読者D氏
今の状態で原発反対と言うのも分かるけど、余計なことは言わない方がいいと思う。
いままで原発関連で53億円/年もの補助金と安定雇用が保障され、その分豊かな行
政ができていた。
長期的に雇用問題や、補助を考えれば本当に福島県から原発を無くしていいのか?
災害復旧は長くて5年程度と思うし、その後の雇用問題は考えているのか私は疑問に
思っています。
今回の地方選挙で原発容認の市長は全員当選しているし・・・。
読者E氏
私は正直なところ、地震や原発の報道には飽きてきた。
被災した人達は本当に気の毒だし、特に原発20km以内の人達にとっては、当然人災と思うであろう。
しかし幾ら政府や東電を責めても、現実に出てしまった放射能はどうしようもない。
人間がコントロールできないものを作ってしまった恐ろしさである。
これを菅内閣のせいにして、自民党や小沢一派が倒閣の口実にしているのにはあきれる。
原発事故の後始末は技術の問題であって、首相や官房長官の資質の問題ではない。
一方で、あまりにも微量の放射能を大げさに騒いでいる気がする。
マスコミや評論家連中が自分達の存在を誇示するために煽っている面がある。
先日、神奈川県ウォーキングに参加して面白い話を聞いた。
台湾人が、2万円を入れた封筒を2500個用意して、被災地で配ったら、貰えなかった人達から文句が出た。
それを、報道機関が、「そういうやり方は良くない。赤十字に寄付すべきだ」と書いたそうである。
確かに日本人は食料や衣服は配るが、お金を直接配ることはしないだろう。しかしこの台湾人は非難されるべきなのか。
被災者にとってはお金が最もありがたいであろう。
また、欧米人が同じことをしたら非難されるであろうか。
ところで、赤十字社は皇室が名誉総裁になっているので、会社の収支報告や寄付金をどう分配するかは
一切公開されないという。寄付金がどこに幾ら渡って、中間でどのくらいお金が目減りしているのかは分からない。
寄付は庶民の浄財なのに、それが事実なら民主主義日本にそんな事があってよいのかと唖然とした。