神の火(上、下)     高村 薫

新潮文庫

 著者は「科学技術が好き」と言っているそうだが、完璧なしつこいまでの技術記述には驚くばかりだ。とても女性の作品とは思えない。スタイルは冒険小説とでも言うべき作品なのだろう。
主人公は島田浩二、39才、母とロシア人宣教師の間で生まれた不義の子。原子力のスペシアリストの彼は、日本 原子力研究所にいたが、ソ連のスパイとなり、やがて退職。江口彰彦は、彼を育てた詩人にして実業家、骨の髄までダンデイな策謀家。幼友達の日野草介は、柳瀬祐司の妹律子と結婚するが、彼は殺された柳瀬に人生の「借り」を持ち、加えて律子は「北」のあやつり人形だった。高塚良はチェルノブイリ原発事故で被爆し、江口の手引きで日本に密入国した。
 物語の舞台は、大阪、前半は10年前に「北」へ入って原子炉の研究をしていた「トロイ」が持ち帰った、「原子炉破壊計画」資料を巡って主人公達、持ち帰った3人、「北」の工作員、CIA、KGB、公安警察、政治家達が入り乱れてあらそう。そして「北」に拉致された高塚良が死体となって帰ってくる。
 死んだ高塚の意志を引き継いで、島田と日野は、音海原子力発電所を襲撃する
 この襲撃が物語の圧巻。読者はまずなぜこんな事をするのか、という主人公の心の不条理の戸惑う。それは何か既成の権力への抵抗のようでもあり、あるいは束縛された自己からの解放を求めた者であるかも知れない。しかしわからないながら妙に共感を覚えることも確か。同時に厳重警戒の原子力発電所破壊という不可能に見えるプロジェクトを完成させる喜び、楽しみが感じられる。それは積み木を積んで行く幼児の楽しみに似たものかも知れない。
 破壊に成功!脱出!その後についてあまり書かれていないけれど、おそらくは残るであろう虚脱感。それが物語の余韻を作り上げている。


・「敗戦の時・・・・国民の選んだ政治家が、外国から金貰って言うなりになっている国が何処にある。 労働団体も社会主義政党も同じ。冷戦構造なんかいいわけにならない。 日本人が自分の国と意識するに足る主権を持ってこなかったのは、全部日本人の責任だ。 自分で考えず、自腹を切らず、責任もとらず、自分の懐だけ肥やすような国民に、自分の国がもてるはずがない。 だから、私は日本人の商人として、自分のやるべきことをきめたのさ。 まず人頼みはしないこと。情報は自分で取ること。 自分の頭で考え、自分の行動は自分で決めること。借金は必ず返すこと。 迷惑をかけた相手には必ず償うこと。これが始まり」(下158P)

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