恐怖             コーネル・ウールリッチ

ハヤカワ・ミステリ文庫    FRIGHT    高橋 豊 訳

 ウールリッチの作品は美文が特色だが、この作品はなかでもその特色が際だっている、全体が一編の詩のような作品である。
 しがない会社員のプレスコットは、金持ちバークレイ・ワースの娘マージョリーを愛し、結婚することになった。しかし、ふとしたはずみで、レオナという女性と一夜を過ごし、彼女に強請られる羽目となった。そして結婚式にまで押し掛けてきた彼女を絞殺し、新妻とある遠くの町に行って暮らすこととなる。しかし何時捕まるかという恐怖と焦燥が彼を襲う。
マージョリーはニューヨークを恋しがるが帰る訳には行かない。妊娠するが子を連れて逃げるわけには行かぬから、堕胎させることになる。
 マージョリーは「愛がなくなった。」と嘆く。同僚ワイズを警察から送られてきたスパイではないかと疑い、彼を襲う。殺した、と絶望的意識の中、彼を引き抜いたボンズ社長が自殺し、ワイズはボンズ社長の身辺調査のために送り込まれた秘密探偵だったことが分かる。警察を恐れ、さらに高飛びしようとするが妻に問いつめられ、殺人を白状する。 マージョリーはニューヨークに戻り、プレスコットはロスアンゼルスに向かう。
 しかし彼女は優しい友人ライジングのプロポーズも受け入れず悲嘆にくれる。彼は彼女の後をいつの間にか追っていた。しかし、二人に待っている物は悲劇的結末・・・・。

・彼は空を見上げている彼女の顔を見た。その顔に浮かんでいる孤独の影が、わびしいかげりが、彼の心を刺した。うつろな、物欲しげな眼が、ここでは手にいれることが出来ない物を空のかなたに求めていた。(88P)
・それから二本の指で彼のそばに小さな穴を掘り、光沢のある紙と銀紙を小さく丸めてその中に入れ、上に土をかぶせた。板チョコレートの死。板チョコレートの埋葬。人間の死もそれとナンの違いがあるだろう。死はやはり死だ。(167P)
・人生はあなたがあたしに大してやったような仕打ちをするほど、残酷ではないはずだわ。 たとえ人生が何かを奪ったとしても、少なくともそれと引き替えに何かを与える物なのよ。 たとえすべてを奪っても外の何かを与えるのよ。 もしそれが青春の夢を奪ったらそのかわりにお金を与えるかも知れないわ。 もしお金を奪ったら、そのかわりに愛情を与えるかも知れないわ。(242P)

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