天使の傷痕    西村 京太郎

講談社文庫

 武蔵野の雑木林をデート中の新聞記者田島と山崎昌子の元に、不意に胸を刺された男が現れ、両手をつきだし、「テン・・・」の言葉を残して落命する。男は久松実といい、週間真実社にで入りしているトップ屋で、つかんだ記事をある時は雑誌社に売り込み、ある時は強請の種に使っていた。
 彼の机の中の写真から割り出されたストリッパーの片岡有木子ことエンゼル・片岡は、車で事故を起こし、田島の腕の中で死んでしまう。そして久松への不審な訪問者を知っていたと思われるアパートの管理人田熊かねも、睡眠薬にアルドリンを牛乳に混ぜて飲み死んでしまった。
 中村警部補を中心とする捜査陣は、片岡が犯人、田熊は別の理由で自殺をした、と考えたが、田島は調査を続ける。そして田島と昌子の甘い一夜。しかし久松の預金通帳の番号が、なんと昌子の手帳に書いてあったものと一致、しかも昌子が預金を下ろしたすぐ後に、久松の預金に入金があったと知り、愕然とする。
 ついに捜査陣の知るところとなり、昌子は逮捕され、獣の捕獲に用いる罠を用いたデート中の殺人を告白する。ピンと張られた紐に触れると、しなやかな木がはじけ、凶器を目標物めがけて飛ばすのである。
 昌子の人柄を信じる田島は、調査をつづけ、実は昌子の姉の子がアルドリン奇形の子であり、戸籍上は死亡と処理されながら、施設で生きていることを知る。「テン・・・」は奇形の子達を守る施設「天使の家」のことだった。久松は、これを種に姉を強請ったが、小さいとき姉に助けられた経験を持つ昌子は助けようとした。このアルドリン薬害を扱っている点は、普通の推理小説を一歩越えているように思った。ただたとえば水上勉の「海の牙」との比較で考えると、もっと実態にせまって欲しかった気がする。
 捜査陣と田島の調査を交互に描き、読者に真実を一歩一歩分からせて行く書き方が良い。すべてが明らかになった時、田島は、ジャーナリストとしてアルドリン薬禍について世論に公表し、訴える決心をする。

・死亡診断書がインチキだったら・・・(243p)
・私は育てようと思いました。時枝が反対したのです。・・・・ここでは土を耕すことの出来ない子供は、いきる資格がないし、生きてもいけないのです。ここでは、子供も労働力ですからね。身障の子は労働力にならない、生きる資格がないのです。(258P)

(参考)有機塩素系農薬
DDT,BHC,環状ジエン化合物(アルドリン,ディルドリン,エンドリン)などの有機塩素系農薬は幅広い殺虫力を有し、強い薬効性があり、また比較的低毒性であるということから殺虫剤として広く利用されてきました。しかし、これらの有機塩素系農薬は土壌,作物,生体内で分解されにくく,動植物中に蓄積されることから食物連鎖による生体濃縮がおこり、環境汚染の原因になることが判明しました。そのため、日本ではDDT,BHC,環状ジエン化合物の農作物への使用が禁止されています。

(1965 35歳 江戸川乱歩賞)

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