創元推理文庫
訳者〔大久保康夫〕の解説によるとビル・バリンジャーは1912年生まれのアメリカ作家で1948年に「ベッドの中の死体」で推理小説界に登場した。ウイスコンシン大学の出身で、いろいろな仕事を経験したあと、ハリウッドにおけるシナリオの仕事、ラジオならびにテレビの台本作成などをした後、プロデユーサーと成った。推理小説はいわばサイド・ワークである。
いままでに第3作目の「煙で描いた肖像画」、第6作目の「歯と爪」、ほかに「消えた時間」を読んだ。いづれもシナリオを十分に考えた上で書かれた小説で、それぞれに趣向がこらされている。
舞台はニューヨーク郊外、マーセデスは、夫のローハンは亡くなったものと思っていた。そしてアルバートと再婚、しかし彼は資産はあるにもかかわらず、彼女は幸せとはいえなかった。そこにローハンがひょっこり戻ってきた。二人の対決・・・しかし、マーセデスの愛がローハンにむけられていると知るとアルバートは居直る。「ぼくはきみたちを姦通罪で逮捕してもらうほか仕方がない・・・。」アルバートが銃口をローハンに向け、警察に電話をかけようとしたとき、ローハンのピストルが火を吹いた。アルバートの胸に小さな穴がぽっかりと開いた。
ぼくは第十九管区の刑事。ぼくはずっと後になって分かるだが、事件をトコトンまで追及する命令をうけた。
このようにしてマーセデスとローハンの逃亡とぼくの追跡が始まり、交互に語られる形で物語が進む。最初マーセデスの犯行と考えられたが、理由がはっきりしない。マーセデスの過去を洗い、現場に落ちていた一本の赤毛から次第にぼくは男の存在を確信するようになる。やがてその男がなくなったはずの元の夫らしいことも分かる。マーセデスは巧妙な方法で宝石や衣類を金に替え始めた。そちらから足取りもつかめ始める。カンサス・シテイでは今一歩のところまで追い詰めた。
ぼくは彼らは海外に高飛びする、それならきっとニューオーリンズからだ、と考え、そこに網を張った。彼らは英語しかしゃべれそうもない。するとオーストラリア、ニュージランド、イギリス、カナダ/・・・どこへ逃げるだろうか。
二人は偽造パスポートを作り、じっと待った。そしてやっとアイルランド行きの船に別々に乗り込んだ。ぼくは偶然に彼らのアイルランド行き知った。アイルランド警察と連絡を取り合い、彼らがダブリンをへてレターフリックという小さな村にいついたこともわかった。そして追跡、しかし後わずかで彼らの幸福が飛ぶと思うと心が痛む。「マーシー、あれが聞こえないか。やつらが追ってくる。」病気がちのローハンは危険が自分たちに迫っていることを知覚する。そして彼は言うのである。「僕たちの幸せを奪う者は殺してやる!」
いよいよ最後のときがやってきた。
普通追跡物というとやたらに刑事を悪者に描くものである。「逃亡者」しかり、「レミゼラブル」しかり。しかしここでは刑事も人間味があふれ、幸せな二人の行く末を思って心を悩ませる。そこがこの小説を非常にロマンチックなものにしている。私はウールリッチの作品を思い出した。