(ORIGINAL)BANTAM BOOKS
老境に入った弁護士が、子供時代に悲劇的事件が起こった土地を扱うことになり、事件を思い出す。読者は、事件が悲劇的結末を迎えることを、裁判過程の一部から知らされる。しかし、具体的にどうなるのか分からず、読み進んでしまうというところが、非常に特殊であり、作者のうまいところだと感じる。
1926年、私の父は、チャタムという田舎町で男子生徒ばかりの私立高校をやっていた。父は昔気質で、生徒に厳しいしつけや規律を押しつけ、それでよしとしていた。
そんな高校に、旅行作家の父親とともに長らくアフリカに住んでいた美人のチャニング先生がやってきて、美術を教えることになった。私は先生の自由な発想に目が開かれ、いつかこんな制約の多い街を飛び出したい、と感じた。
少し遅れて、脚の悪いリード先生が、奥さんとメリーという娘さんを連れて赴任した。チャニング先生とリード先生一家の家は、チャタムの街から少しのところの黒池を挟んで相対していた。
私のところにサラという女中がいたが、彼女が文字を習いたいというので、私は土曜日毎に彼女を連れてチャニング先生の元に通うようになった。そのうちにチャニング先生の家にリード先生を発見するようになり、二人の微妙な関係にきづいた。
リード先生が、ボートを作り始め、私はボート小屋にも通い始めた。チャニング先生とリード先生が親密であるという話はだんだん広がり、リード先生の奥さんが幼なじみの母に相談に来たり、父がチャニング先生と会見したりした。リード先生宅を訪問した時の奥さんの顔の暗さが、不吉なことを感じさせた。やがて歳があけ、ボートが完成し、二人の先生と私は、セイリングに出かけたりした。しかしこのころから、二人は互いに無口になった。そのうちに学校に一緒に来ることもなくなった。
二年目の夏、チャニング先生が、学校を去ることが発表された。最後の授業は淡々と行われた。その二日後、私は、サラに最後のレッスンを受けさせるべくチャニング先生宅を訪問した。そして別れ際、池の縁で談笑しているところに、突然車が突っ込んできてサラとチャニング先生をはねとばし、黒池につっこんだ。
運転していたのはリード先生の奥さんで即死、巻き添えを食ったサラも病院で亡くなった。リード先生の奥さんに同情的だった母が吹聴したこともあって、にわかにリード先生とチャニング先生の責任問題になった。リード先生が亡くなったため、裁判ではチャニング先生の罪状だけが問題になった。チャニング先生は姦淫の罪で有罪と認められ、3年間の禁固刑が言い渡された。彼女が病気と聞いて、私は同情的だった父につれられ一度見舞いに行ったが、その後彼女は獄中で死亡した。
父は「二人の関係はもう終わっていた、あの時夫人が嫉妬に狂って車を突っ込まなければ・・・。」と言ったが、私はいつかあの二人は作ったボートで束縛された世界から脱出することを夢見ていた、と考えた。私この事件が契機となって、他人の医者に預けられ、殻の中に閉じこもってしまったメリー嬢を訪問した。
二人の教師の密かなロマンス話についての、少年時代の作者の考え方、悩み、周囲との軋轢等が非常に良く描かれ、非常に面白い作品と思う。また物語の進め方と会わせて、英文の非常に詩的な書き方が特徴である。ただ、やたらに接続詞や動詞を省略し、分詞構文で接続しているため、一文が長く、真意をくみ取るのに苦労したところが多かった。
CHATHAM SCHOOL AFFAIR ノート
第1章
11926年夏、この田舎のチャタムの街の高校に、美人のチャニング先生がアフリカからやってきた。当時ボクが軽蔑していた父は、チャタム高校の筆頭マスターで彼女を迎える役を担当した。
quahog=ホンビノスガイ(食用の大きな貝)addiction=専心marvel=不思議に思うjaunty=元気の良いidyllic=牧歌的な
2過ぎ去った過去を私は思い出せる範囲で書いてみたい。それにしても人生はなんとほんの一寸したことで左右されることか。
私と父はバス停におりた彼女を迎え、我が家のデイナーに招待。我が家では母が待っていた。
母は音楽教師に過ぎなかったが、31歳の父と知り合い、所帯を設けた。それから20年、老境に入り動作も緩慢になり、私がいらいらするほどだった。しかしそんなときでもあのチャタム校事件は忘れられなかったに違いない。事件の後長いときが立ってから母は他界、今では学校も閉鎖されている。
デイナーでチャニング先生は「チャタム高校がなぜ男子だけなのか。」と聞き、父は「その方が厳格になる、皆真面目になる。」などと答えた。
それから父と一緒にチャニング先生を連れて彼女の住居に向かう。途中で土砂降りになり、森と荒れた土地の間を車を飛ばし、池と森に囲まれた小屋に到着。
「一度は新婚用に建てられたが、そのカップルが戻る途中交通事故で死に一度も人が住んだことのない小屋。」が彼女の宿舎。電気一つ無い。父はHAPPYと言ったが、それは限定された押し込められた父の定義するHAPPYであって、ローマやヴェニスを訪れた彼女にはいかばかりかと思う。後年私は彼女が暗く死の陰を漂わせて私たちと最後に会ったとき以上に、この日私たちが去るとき手をふっていた彼女を思いだしたものだった。
glimpse=ちらりと見るagile=活発なspinster=婚期を過ぎた独身夫人matronly=品のあるlinger=居残るunkempt=櫛をいれていない、もじゃもじゃのmartyr=殉教者encroach=侵略するcozy=居心地の良いvibrancy=活気、反響
3私と父があの小屋を後にした後、彼女は池に出て暗い水面を眺めていたが、そのときに月明かりの元一艘のボートとオールを握る肉の塊を認めたという。それはすぐに消えてしまった。
1927年弁護士のアルバート・パーソンがチャッタムに事務所を構えていた。私は彼がこう言い続けたのを思い出す。「あなただ、チャニングさん、この死をもたらしたのはあなただ。」今はもう彼は隠退したが、あの事件で得意になったのは彼だ。
私は土曜日学校の始まる前に彼女のところに行った。父が何か用事はないか聞いてこい、と言ったからだ。2マイルほど歩いて行った。彼女は森の中ですっかり様子が変わって見えた。そして私と一緒に街に向かってあるきだした。
portraiture=肖像画法haggard=こけた、やせたprow=船首swelter=暑さにうだるmalignancy=強い悪意、敵意account=記録billowy=大波のうつimpending=(不吉なことが)今にも起こりそうなquaint=風変わりで面白い
4そのとき私は後年パーソンが指摘した「薄気味の悪いもの」に気づくべきだったかもしれない。彼女は少しの間アフリカにいたといい、父の紹介でここに職を得たと言った。そして牡蠣の殻と聞いてハイパテイアを思い出したという。ハイパチアは異教の天文学者でキリスト教徒は牡蠣の殻で彼女を殺したという。
街の入り口で別れた。そこからは街のすべてが見渡せた。多くの若者が来ていた。そのうち何人かはそれぞれに有名になった。
父に得になかった、彼女と一緒に街まで戻ってきたと言うと「俺が行く。」と言い出した。彼女はちょうど髪を洗ったところでひどくきれいに見えた。父はなんと「所帯を持つ気はないか。」と質問した。すぐ引っ込めてもどった。夕食の終わった後、父は一人で街の入口でぼんやりしていた。私は父が彼女のことを考えていると確信した。
eerie=不気味なdelve=探求するlug=力任せに引くslouch=前屈みlanguid=元気のないbeckon=差し招くharry=執拗に攻撃するdishabille=だらしない服装revel=大いに楽しむ
5あのころの思い出は一枚の写真だけ、群衆が裁判所を囲み「彼女をつるせ」の看板を掲げている。
さて授業の最初の日彼女は自己紹介されたがあまりに若くきれいすぎたが故に皆から浮き上がって見えた。
私は彼女のクラスで授業を受けた。アフリカの思い出話をしながらする彼女の授業は自由で魅力的だった。チャタムでは私の父が専制君主でいつも押さえつけられている気分だったが、彼女の授業で始めて解放された気がした。
その日の後、崖の上で私は彼女に出会った。眼下に水辺で遊ぶ人たちを見て彼女は「ヴェニスの近くのリドの海岸を思い出す。君が来た日を思い出す。リドは私の父の死んだところ。父は旅行作家だった。私はすべて父から学んだ。」などと語った。そして「芸術家は情熱にのみ従うべきだ。外の者はいらない。」その言葉を聞いたとき何か不吉なものを感じた。そして落下する自動車と彼女の悲鳴を聞いた。
vista=通景、見通しpronounce=発音するclairevoyance=千里眼chore=雑用stricture=非難lash=むちひもsmother=窒息死させるpremonition=予感
6あのチャニング嬢裁判で新聞記事などの切り抜きの他に私の父が残した3册の書類がある。最初はパーソン氏の備忘録で裁判のコメントなどが中心。二番目の物はペイトン氏の作でそれはチャニング嬢のみでなくチャニング高校全体を非難した物で父は嫌っていた。三番目の物はチャニング氏(チャニング嬢の父)の著作で私が何度も読み返した物だ。
その書はある日チャニング先生が私にくれた物で裏には父と10歳の彼女の写真が載っていた。その本によればチャニング氏はボストン生まれのジャーナリストで23歳でジュリアメーソンと結婚、1904年にチャニング嬢をもうけたが、ジュリアは1909年に他界。以後彼は娘をつれて世界各地を放浪しながら生活している。彼によれば何事にも影響されぬ子が良いのだという。
しかしこの本は私がそれまでチャタム高校で受けていた価値観を根底からひっくり返すものだった。私は父がその父から受け継いで生きたように、また周囲の環境に合わせて生きると考えていたが、この本によってすべての制約から放たれた気がした。私の行く先は分からない。私は自由を望んだ。
bequeath=遺言で譲るdiscard=不要な物を捨てるarchives=公文書rebuke=非難するendearment=親愛coddle=甘やかすodious=憎むべきsedate=平静なimpulsive=推進的なlivid=鉛色のgore=血のかたまりrife=(悪いことが)流行してroguish=ごろつきのprank=わるふざけostracize=追放するvulgar=俗悪なrevere=あがめるtopsy-turvy=さかさまにcontrivance=工夫fad=一時的な熱中arduous=苦難のexhalt=ほめそやすlibidinous=好色な」turgid=腫れ上がったcringe=すくむplatitude=平凡な説
第2章
7私は長い間チャニング嬢の事を忘れていたが、ある日クレメント・ボッグがやってきて「今度黒池の周囲、ミルフォード小屋の権利を得た。開発してアリス・グランドックに渡したい。」との話を受けた。
私が出かけてみると、小屋はあれ以来住んだ者もなく、荒れ果てて、変わりない池と対照的だった。
チャニング嬢はバルザックの像をとり内面にあるものをみよ、と教えた。授業の後、個人的に私は彼女に話した。「父のような馬鹿な生き方はしたくない。自由に生きたい。」というと彼女は「私の父の様に生きる人は少ない。」と言った。そして、私の絵の才能をほめ、スケッチすることをを薦めた。
その日の夕方父にハンサムだが、びっこの男が会いに来た。彼はレランド・リードと言い28歳、ボストンでラテン語を教えていたのだが田舎が好きなのだそうだ。会話の最後になって彼は戦争でフランスに行ったことのある退役軍人であることがわかった。彼に二度目に会ったのはその2ヶ月後である。
彼は本と松葉杖を持ってやってきた。彼はバイロンについて語り、ある日には私たちを外に連れ出し、詩を読んで聞かせてくれた。授業が終わった後、私は、チャニング嬢が彼を絵でも見るような様子で眺めていることに気がついた。
variance=相違upheaval=高まりengulf=吸い込む、飲み込むbedraggled=取り乱したcrony=親友bog=湿原mangle=滅多切りにするbramble=いばら野ばらdilapidated=荒れ果てたunearth=発掘するode=オード、頌bulge=ふくらみinvigorate=元気を出させるkilter=好調slouch=前屈みplumb=見抜くveteran=退役軍人slant=傾斜、勾配bridle=抑制するcrumple=しわくちゃにする、もみくちゃにする
8リード氏は黒池を挟んで対岸の小屋に住むことになった。父の薦めもあってリード氏がチャニング嬢を学校の行き帰りエスコートする事になった。二人の間に会話が生まれ、冬になる前のある晩リード氏はチャニング嬢を自宅にデイナーに招待することにした。このときの会話こそ後年パーソン氏が懸命に再現しようと試みたものである。
リード氏には妻アビゲイルと女の子のメリーが一人いた。廃屋となったリード氏宅で私はそのときの情景を思い浮かべることが出来る。私はそれから少し離れたところにある、後年パーソン氏が「とさつ場」と読んだところの小屋に行った。あの惨劇の後は跡形もなく、以外にきれいに保存されていた。ここはマサチェセッツ州警察から来たハミルトン氏がリード氏宅を調査し、屋根裏でナイフ、ロープ、壊れた厚紙の箱などを発見した後訪問している。
plummet=急落するtether=つなぐwaft=漂わせるspruce=トウヒ
9朝10時ころ私は車にもどり、チャタムからミルフォードカテイジに向かった。私は昔の世界を思い出したが、そのときサラのことは忘れられない。
土曜日の午後、私はサラに出会った。彼女は母が早く死に、三人いた兄弟は死亡、行き方しれずなど、5歳の時に父も死んでしまった。アメリカに来てアイルランド移民援助教会にいたとき、田舎の生活にあこがれていたので父の薦めでここに来た。父には感謝しているがただ私がやりたいのはお手伝いではない、と語った。私が君はここを去るべきだというと彼女はチャニング先生を引き合いに出した。
私はチャニング先生に彼女を紹介し、彼女が字を習いたがっていると言った、日曜日に一緒に出かけて行き彼女はabcをならい、今後定期的に来ることにした。私も絵を見せろと言われた。彼女はアフリカの絵を見せ、さらに黒池を描いた最新作を見せてくれたが、池の中央のボートに男が乗っていた。訪ねるとリード先生だという。
ineradicable=根深い、根絶できないlanguid=元気のないlilt=陽気で軽快な調子leer=横目、いやらしい目つきwistful=物ほしそうなmundane=世俗的なglamour=魅力castaway=すてられた
shroud=おおい隠す、包むgleeful=大喜びのburgundy=ブルゴーニュ
10私はダルマチアン喫茶店により、クラドック博士と昔と昔を思い出す。金曜日の午後、私はサラに私の描いた絵を見せた。それは閉所から解放される感じの絵であった。彼女は気に入り先生に見せたら、と言った。私は一人で彼女の教室に行った。当然一人だと思ったのだが、リード先生が一緒にいた。私がいやいやながら絵を見せると「制御された非制御性みたいなものがあるわね。」と言われた。
私はサラにあい「僕はここを出たい。行く先は・・・・分からない。」などと言った。向こうをチャニング先生とリード先生が車に乗り、走り去るのが見えた。
hawk=行商するreverberate=反響するyearning=あこがれ、思慕intricate=入り組んだclaustrophobia=閉所恐怖症intrusion=侵入surreptitious=人目を忍んで行う
11ダルマチアン喫茶を出た後、私はもとチャタム高校のあった場所にいった。すべてが変わっていたが特に私たちの銅像が建っていた場所に灯台が移されていることはショックだった。学校は銅像を先頭に立って壊したジョー・キップリングの息子ビル・キップリングが所有していた。かって工作室であったあのチャニング先生の部屋は額縁売場になっていた。彼女とリード先生が見つめ合い、私が密かに「愛しているからできるのよ。」という言葉を聞いたその場所は跡形もない。私は事務所に戻り、クレメント・ボッグの仕事に必要な書類を取り出す。私の心に狂ったリズムが響く。
「アリス・クラドック、ぬかるみに足を取られてあなたのお父さんはどこへ行ったのか。」
unmask=正体を暴露するportico=ポーチコmire=ぬかるみharrow=(精神的に)苦しめる
第3章
12母は亡くなり、晩年の父は遅くまで独身だった私とニッカーソン公園などを散歩したものだった。そして死の1年前のある日私たちはチャタムを見下ろす丘の上にいた。「沢山死んだな。」彼はつぶやいた。
「お前はなぜミルフォードにしょっちゅう行ったんだ。彼女を愛していたのか。」父の問いに「私は彼女に自由に生きてほしかった。」と答えた。
その日サラと私は小雪の降る中をミルフォードカテイジに行った。チャニング先生は「この天気なのに・・・。」と驚いた風だった。授業が終わった頃外で車の音がした。リード先生だった。すこし経った後、リード先生の車で彼の家に行った。奥さんと雪をぶつけた子供の姿が忘れられない。そして彼がボートを作っていると言ったとき「僕も手伝います。」と言った。それはたぶんに出歯亀的な心からだったと思う。
「リード先生の家に行ったとき、奥さんはもう感づいていたのか。」私には分からなかった。
unruffled=騒ぎ立てない、平穏なoblinion=忘却foliage=草、群葉sinister=不吉なapprehensive=不安なconfetti=紙吹雪impulsive=衝動的voyeur=出歯亀
13チャタム高校の昼休みは12時から1時まで、ある日私はチャニング先生とリード先生に出会った。後からパーソン氏は浮気の始まりと言ったが私は二人に浮気心を感じなかった。チャニング先生は「この教科書をサラに渡して。次の授業に持ってくるように。」
その日の午後先生はエトナ火山の爆発のものすごさを説明してくれた。また、私はリード先生のボート作りを助け、夜遅く帰って父に怒られた。
私は教科書を夜屋根裏部屋のサラの部屋に持っていった。教科書にはリード先生からチャニング先生に送る言葉が書かれていた。サラと私は何か起こりそうだったが結局何も起こらなかった。
wanton=浮気者、浮気な女intertwine=からみ会わせるlava=溶岩soar=舞い上がるconsign=渡す、引き渡すprimeval=原始時代のdetritus=岩屑、破片entreaty=懇願avert=そらす
14私はある日の午後、パーソン氏の息子アルバート・パーソンと話していた。彼は「チャニングという女はおかしかった。」として私の同意を促し、失敗したと見るや「悪いのはあのリードと言う男さ。」と転化した。アルバートの毒舌を聞きながら私は証人席にいたときの事を思い出す。
真実を聞くと言いながら彼は最初から獲物を狙っていた。証言が積み重なるにつれて私はあの日の午後の話をせざるを得ない。
前日指摘された事を受けてその日、チャニング先生を訪問、彼女にモデルになってもらっていると遅くなって(生徒も先生もいなくなった頃)リード先生がやってきた。そして二人はボストンに出かけていった。
パーソン氏は「そのとき私が考えた二人の関係」についての証言を求めた。
senile=老いぼれた、もうろくしたfling=投げるaccusatory=告訴の、詰問的なsquint=目を細くして見ることdelinquency=過失、犯罪incandescent=白熱のincantation=呪文prey=獲物gouge=彫るunearth=発掘するconfide=打ち明ける
15私とリード氏との関係は急速に深まっていった。メイン州に発つという前々日、リード先生と私はボートにつける道具を買いにボストンに行った。彼は「昨日私とチャニング先生は学校を辞めた、彼女を私の元に呼ぶと約束した。メインから戻ったら訪問すると伝えてくれ」などと語り、高価なネックレスを買った。このときリード先生は奥さんと娘さんを屋根裏にでも置き去りにする様な感じだった。
法廷での証言
「そのネックレスはどうなりましたか。」
「事件の前日チャニング先生のベッドで発見しました。彼女は「捨ててくれ。」というので私は黒池に捨てました。」
法廷では真実だけを話したのだが、だんだんと嘘の固まりになっていった。「良くやった。」という母の言葉を聞くとき、私は一方で幸せそうだったリード先生とチャニング先生を思い出す、また一方で黒池に浮かんだ奥さんのアビゲイルと階段のしたにいたメリーのことを思い出す。と、
oblivious=忘れっぽいconverge=集中するcollusion=共謀、談合privy=内々関与して(to)trellis=格子垣exhilaration=気分を浮き立たせること、陽気tenement=借地、借家treachrous=裏切りをするtalisman=護符、お守りfondle=いじくるabhor=忌み嫌うmoor=荒れ地
143p
「パーソン氏にはそう答えたけれども、私にとってリード氏は決して父の様ではなかった。兄弟や友人とも違った。我々は共同の陰謀を企て、違った立場でそれぞれの夢を描いている様にみえた。彼はチャニング嬢に焦点をあわせ、私は自由な生活を渇望し、もし二人の夢が実現した場合にどういうことが起こるかは忘れている様に見えた。
そう言った私のリード氏との関係は急速に進展し、ボート作りを始めて2、3週間後には鉄の同盟のようにすら見えた。リード氏はまだ幾分先生であり、私は生徒の役であったけれども、すべてを越えて、あたかも我々だけが他人がまったく知らないこと、世間が認められない真実を共有しているがごとく、最初は予期しなかった共謀者の関係になってしまった。」
第4章
16リード氏一家は2週間後の1927年1月3日に帰って来た。休みの頃サラは大学に行くことを希望するようになっていた。一方チャニング先生は船乗りの帰りを待つような面もちで外を眺め、教育に身が入っていなかったように思う。戻って2日後私はあのボート小屋に行き、彼と作業を再開。私がチャニング先生の絵を見せると一緒に先生に見せに行こうと誘った。
彼女は私の絵をそんなに気に入った風ではなかった。そして私がいることを意識し手か「おうちに戻らなければ駄目よ。」と言った。別れ際に彼女は手を彼の頬につけた。私が見た物理的な二人の親密的行為はそれだけだ。しかし裁判ではそれで十分だった。
「このとき二人が愛し合っていると思いましたか。」「はい」
spruce=こぎれいなsubdued=控えめなethereal=空気のような、希薄なfervid=燃えるようなdecorum=礼儀正しさruse=策略、計略
17そんな風だったから2ヶ月後にとられた二人並んだ写真をみても驚かなかった。しかも他の写真はグループ写真だった。
しかし二人が親密な関係だったことは数々の証言から明らかになった。海辺で並んでくつろいでいるところを見た者、キューバ行きの海図が広げて、二人が小屋にいるところ、「他の方法を見つけよう」「他の方法はないわ。」という会話を聞いた者、リード氏が砒素、ナイフ、ロープを買ったと証言した者、二人でいちゃついているところを発見し、校長にご注進に及んだ者、などである。父もまたリード先生の授業を一度参観している。
snuggle=気持ちよく横たわるnautical=航海のtranspire=水分を発散するvigilance=警戒、用心implacable=なだめられない、容赦のない
18四月中旬のある日、私がボート小屋に行くとリード先生がボートをのせた車でやってきた。そして「こんな晴れた日にくすぶっていることはない。バス川まで行ってみよう。」と誘った。車で行き、ボートを漕ぎ、岸辺で食事をした。しかしそこには何か抜き差しならぬ陰が漂っていた。夕方チャニング先生を送り、リード氏宅に行くとメリーが楽しげに「お魚は釣れた?」と出てきた。「いや、漕いだだけさ。ヘンリーとね。」ポーチのところで氷のような目をしたリード夫人がたたずんでいた。
pollen=花粉prance=跳躍disintegration=分解、崩壊scald=やけどさせるunrelenting=断固とした、容赦しないtether=結びつける
19父の言うところによれば、悲劇は次第に開花していった。法廷では隣人など多くの人がリード夫人を褒め称える証言をした。しかし私に一番印象に残ったのは母の証言だった。彼女は二人が仲むつまじかった様子を細かく述べた。
母は「あの女は縛り首にしなくちゃいけない。」といい、私が「ラブストーリイ」というと「お前は亭主が盗られて行く女の悲劇を考えたことがあるのか。ラブストーリイとは何だ。私はお前が恥ずかしい。男はいつもこうなんだ。」と激しく責め立てた。私はその晩亭主が盗られて行くリード夫人のことを考えてまんじりと模しなかった。彼女はどんなにか夫を取り戻したかったことか、明け方になってようやくその気持ちが分かってきた。
remnant=残り物haul=引きずって行くcomplicity=共謀、共犯
20父親もまたチャニング先生の立場を理解しているようには思えなかった。パーテイの夜父は私を連れてチャニング先生を迎えにミルフォードカテイジに行った。父は「肖像画を描いてくれませんか。」と頼み、ドライブ途中で「今日はリード先生は来ません。奥さんがご病気です。」と語った。ところがその日遅くなってリード先生がやってきた。シェイクスピアについての講義の話が出たが、先生は無関心だった。母は当てこすりを言った。リード先生は、チャニング先生に「送っていこうか。」と言ったが、チャニング先生は拒否した。このときの彼女の苦悩を父は理解していたのだろうか。
rambunctious=乱暴なeligible=結婚の相手に望ましい、適任でulterior=隠された裏面のappendage=付加物atrophy=萎縮症chirp=かん高い声で話すmisery=悲惨plight=苦境
21サラが教えてもらった帰りに、私たちはチャニング先生を祭り見物に誘った。そのとき先生とリード先生の憎しみのこもった目があった。私は先生の見方だった。そしてある時チャニング先生とリード先生の会話を盗み聞きした。「彼女に死んでほしいのか。」
その証言がパーソン氏が突っ込んだテーマだった。「そうだから差yつじんじゃないのか、ヘンリー」
quanday=困惑、難局pungency=ぴりっとすること、辛辣fife=横笛bugle=らっぱ、ビューグルfestoon=花づな状に飾る
22ある時私がボート小屋でリード先生を待っていると、リード夫人が現れ、厳しい目で私を見、あの女もここに来るのか、と尋ね、部屋の中を点検していった。その日の午後家に戻るとサラがリード夫人が家に来ていることを告げた。夫人が帰った後母は非常に怒っている様子だった。
父が帰ってくると「女という物は分かる物よ。」と父を責め立てた。父は「彼女は止めるのだから関係ない。」という風な事を言った。
食事の後父は学校に行った。遅く戻ってきて私に「人生は不十分だ、信頼が大切だ。」などと語ったが、私は父を悪意ある目で見つめていた。
cadaverous=死体のような、青ざめたpremonition=予感、予告preposterous=途方もない、ばかげた
第5章
23夏になるとチャニング先生はリード先生と行き帰りを一緒にしなくなった。チャニング先生はみんなのデスマスクづくりに励み、私も作ってもらった。そして完成式が行われ父が挨拶した。
またリード先生が船が完成したので処女航海に行こう言ってきた。あらかじめ設定しておいたコースで走ったが先生は余り楽しそうでは無かった。
subjugation=征服regiment=厳しく統制するvestige=痕跡、名残wither=しぼむvibrancy=活気propriety=作法、礼儀demeanor物腰、表情pry=のぞく、詮索するdaub=塗りつけるaskew=斜めにinconceivable=想像も及ばないdowncast=意気消沈したmirthless=楽しくないdeathwatch=臨終の看取りseaworthy=航海に適する
24リード先生もチャニング先生も皆落ち込んで見えた。私も同様で、私はサラまで避けるようになった。ある時私が海を眺めているとサラがやってきて「現実的になって。」というような話をした。彼女はチャタム高校が嫌いではないように見えた。そのとき灯台からチャニング先生が走り出て、顔を覆って通りの方に行くのが見えた。私はなぜ二人が一緒に逃げ出さないのだろうと思った。
その夜ふけて私は一人家を抜けだした。いつの間にかミルフォードカテイジに来ていた。部屋を整理していたチャニング先生は「何かお手伝いできないか。」という私にあの首飾りを渡した。「これを捨ててちょうだい、あなたに出来ることはこれだけだわ。」
最後の授業は復習についやされ淡々とした物だった。私は「土曜日にサラとうかがう。」と言ってわかれた。その日遅くまで彼女が部屋を掃除し、できあがった塑像を眺めて帰宅したことは複数の人が確認している。しかし翌日ミルフォード・カテイジは静かだった、と郵便配達夫や猟師が確認している。
perpetually=永久にfidget=そわそわするhorde=大群careen=傾くdistortion=ゆがめることvehemencce=激烈さvise=万力acrid=つんとする、からいsquint=目を細くして見ること
25日曜日に私はサラとミルフォードカテイジに向かった。途中別れて私はあの首飾りの件でリード先生宅を訪問するとリード夫人がいた。「夫はどこに行ったか分からない。何をしに来たんだ。」私は「彼らを自由にしてやってくれ。」と答えた。
私がミルフォード・カテイジに戻るとサラは最後の勉強をしていた。先生はサラにアフリカの首飾りを記念に与えた。終わって外に出ると、池の反対側のリード先生の家にリード夫人とサラが見えたようだった。桟橋のあたりで私はチャニング先生がリード先生とボートで行く姿を思い浮かべていた。
そのときだった。突然車が向こうからやってきた。サラをよけそうにしながらその車はぶつかって池の中に突っ込んだ。先生も池の中に飛ばされた。気がついたとき車は沈もうとしていた。先生はサラを抱えて水の中からあらわれた。「リード夫人だ。」私はそう直感した。
lurk=ひそむ、待ち伏せるspite=悪意warden=刑務所所長appall=ぞっとさせるplummet=まっすぐに落ちる、錘slump=どすんと落ちる、はまりこむ
26何が起こったのか分からなかった。とにかく通りかかった車で私は街に向かった。最初に到着したのはクラドック医師だった。
ハミルトン警部等がやってきて捜査が開始された。サラは病院に運ばれた。リード先生の近くの小屋の中でメリーが発見された。先生は行方が分からない。
状況が説明され車が引き上げられた。ハミルトン警部はチャニング先生に「あなたはリード夫人を知っているか。」「ほとんど知らない。」「それならなぜ車はこちらにやってきたのか。」などと聞いていた。父が私を連れ帰った。
flag=合図で止めるsputter=つばを飛ばしてしゃべるtympanum=鼓膜hypodermic=皮下注射vial=ガラス瓶officialdom=警部puppy=子犬
27家に戻るやいなや、私は父につれられて病院のサラの様子を見に行った。彼女は意識がなく、医者は「最悪を考えて下さい。」と言った。帰り道、母はチャニング先生について「あの女はウチの敷居は二度と跨がせない。」と言った。夜私が見守っていると、チャニング先生がやってきて「明日は私が見るから。」と言った。しかしその夜サラは息を引き取った。
父が言った。「明日いろいろ聞かれるそうだ。」チャニング先生は母が関係を話したから、聞かれるらしい。父は「おしゃべりするな。」母は「彼女は彼が奥さんを殺すかも知れないと知っていたのよ。話していたし、ロープや砒素がボート小屋にはあったのだから。」母は私の「砒素は鼠を殺すためだ。」という発言を聞いていないようだった。
damp=しめったerratic=不規則なsheen=光沢、つやinfinitesimal=微少のbristle=気色ばむ
28翌日父からチャタム高校の生徒たちに二人の死が伝えられた。私は彼らとそれから母やハミルトン氏との接触を避けた。
ところがパーソン氏が母を訪問した。母は黙っているかと思ったら、あのボート小屋の話を事細かに話した。父が顔をしかめたがそのまま、二人は黙ってサラの葬式に行った。
二日後、私が崖のあたりを散歩しているとパーソン氏がやってきていろいろ質問した。「リード夫人は浮気相手のチャニング先生を殺す意図を持って、車をあそこに突っ込んできた。間違えて無実のサラ嬢を殺してしまった。」「あの女がリード夫人にそう言うことをさせた。」「あの女がリード氏を狂わせた。」「これは殺人事件である」「我々は犯した罪をあがなわせなければならない。」
ply=精を出すscurry=あわてて走るtranspire=水分を発散するchore=雑用
29翌日ハミルトン警部の車でリード氏宅に行きメリーをつれてきた。「当分落ち着くまで彼女を内で預かるから。」私は彼女を連れて灯台のあたりに行き凧をあげて遊んでやった。
実はその日リード氏宅に何人かが赴いたときリード氏はびっくりしたそうだ。そして「同行してほしい。お宅のメリーはグリスワルドが預かる。」と聞いて激しく抗議したが否定された。しばらくたって私はクラドック医師がメリーを養女にもらいたい、リード氏が妻を殺害しようと計画している書き付けが見つかったという話を立ち聞きした。
リード氏が亡くなってチャニング先生に罪をあがなわせる仕事だけが残った。父の話では「リード夫人殺害計画加担および姦通」の罪だそうだ。父の薦めにも関わらず、チャニング先生は弁護人を拒否した。
precarious=不確かなsprawl=手足をのばして坐るretribution=報い、懲罰
308月になって裁判が行われた。父は好意的な発言を行ったが、母は反対だった。私は彼女に正々堂々と「愛していたからそうしたのだ。」というような発言をしてほしかったが実際はその逆だった。パーソン氏の発言にしたがって行き、「愛してはいたが、一線は越えなかった。」というよう嘘と思われるような弁明に終始した。
そして縄や砒素の話になると「彼が殺したかったのはこの私である。彼は私を愛していたが妻や子供を捨てるほどには愛していなかった。」などと語った。
abject=卑しむべき、救いがたいbailiff=執行吏throes=激痛appall=ぞっとさせるgallows=絞首台breach=突破する、破るperfervid=非常に熱心な
31チャニング先生について殺害加担については無罪となったが、姦通については有罪となり、禁錮三年の刑が言い渡された。しかし事件はそれだけでは終わらず信用を失墜したチャタム高校は廃校においこまれ、先生も生徒も去っていった。何年か経って父は警務所長から「チャニング先生が病気になっている。身よりもないので会いに来てやってくれないか。」との手紙を受け取った。父は母の反対を押し切って私を連れて行った。随分と小さく弱々しくなった先生は父を見て本当に喜んだようだった。
「また来る。」と約束したが父は学校の残務整理が、私はプリンストン大学に進んだりしてでいそがしく機会がなかった。そのうちに刑務所から「彼女が亡くなった。」むねの手紙が届いた。私と父は葬儀をだしてやった。父はいろいろやってやったが私は「もう元に戻らない。」と言った。
葬式の後父は事件の真実としてあの灯台の中で起こったことを語った。彼女は関係を続けようとする彼を振りきって出てきたと言うことだ。彼女は父を単に校長として以上に尊敬しているように見えたが、私はそれでも父が間違っていたと思った。
prosecution=告訴deliberation=討議hush=静けさreverence=敬意severance=契約解除(sever=切断する)attune=調子を合わせるrevere=あがめるcontend=戦う、争うbicker=口論するgritty=砂だらけの
32今ではすべてが過去の物となった。アリスは最初は憂鬱そうな女の子、不機嫌なテイーンエイジャー、子供たちに追いかけられる村のキチガイ女、クラドック医師の金を飛翔させるだけでいつもポーチにたたずむ女に変身していった。
クレメント・ボグスの依頼により私はあの土地の売却代金を彼女にプレゼントとして持参した。彼女は私を暖かく迎え、昔を思いだし、つかの間の夜を賞賛した。anonymous=匿名の、作者不明のlumber=詰め込むstanza=節
990517 r990906