創元推理文庫 PAST CARING 幸田 敦子訳
1977年の春、失職中の歴史学者マーチン・ラドフォードは、ポルトガル領マデイラに住む友人から誘われて、遊びに出かけた。そこで彼はホテル経営者レオ・フェリックから「実は、ここは1908年アスキス内閣の時、内務大臣だったが、突然辞任し、隠遁を決め込んだ若き政治家エドウイン・ストラフォードの屋敷だった。屋敷内を調べたところ彼のメモワールが出てきた。」
メモワールによれば、彼は、当時自宅に煉瓦を投げ込んだ過激な婦人参政論者エリザベス・ラテイマーと恋仲だった。二人の結婚に周囲は猛反対したが、エドウインの意志は固く内務大臣を辞任してしまった。ところがその足でエリザベスに会うと「恥知らず」とののしられ婚約を破棄された。それではとアスキスに「辞表を撤回したい」と申し入れたところ、元に戻せぬと拒否された。その後彼は、失意の日々を送り、やっと第一次大戦後チャーチルの計らいでマデイラの領事という閑職を与えられ、赴任した。彼の辞任には何か隠された陰謀があるようだ、調べて欲しい、と要請された。調べてみると彼の別れた妻へレンの祖父に当たることも判明し、引き受けた。
以下話は、メモワール等によるエドウインの話とマーチンの調査を交互に記述している。
やがてマーチンは美貌の歴史特別研究員イヴ・ランドルを発見。メモワールから実はエドウインは南ア戦争に従軍した頃、現地の女性キャロライン・ヴァンデルメルウエスと婚姻している、婚姻届もあると吹き込んだ人物がいることが分かった。そしてそのことを吹聴した男が、後にエリザベスと結婚したエドウインの友人ジェラルド・クーシュマンの可能性が高まった。エドウインは、クーシュマンを求めてさまようが、後に故郷で鉄道事故に遭って死んでいる。クーシュマンは実業界で成功し、クーシュマンエンタプライズを築いたが数年前になくなり、今はエリザベスが次いでいる。イヴとはうまく行っていたがやがて彼女がクーシュマン基金を受けていることが判明、一方イヴも知り合いにマーチンの若き日の過ちを吹き込まれ別れる。
メモワールには肝心な部分が抜けていた。その部分ポストスクリプトの存在をめぐって激しい攻防が繰り広げられる。真実を知りすぎたのか、エドウインの兄夫妻の子にあたる飲んだくれ老人アンブローズが河に落ちて亡くなった。やがてポスト・スクリプトの発見。エドウインは、現地の女性と結婚した覚えが無かったから、調査をすすめ、クーシュマンに迫ったところ、「クーシュマンがエドウインになりすまし、現地の娘と結婚し、捨てた事が判明した。」とあった。
マーチンは、このポスト・スクリプトを元にジェラルドの息子ヘンリーの妨害をものともせず、エリザベスことクーシュマン未亡人に真相解明を迫る。そして再びイヴとの激しい恋!
しかし物語は意外な方向に展開して行く。マーチンを使って、クーシュマン一族に復讐を考えていた男がいたのだ!
歴史の謎を追って、解明しようとするもの、妨害するもの、その間に芽生える激しい恋などが主軸となって展開して行くなかなかの作品である。物語はなりすましの解明でほぼ終わるのだが、関係者が善後策を協議し、それが思わぬ結果を招く。迷宮を思わせる複雑なプロットだが、無駄やご都合主義が感じられないところが良く、一気に読ませる。最後に互いに相手を裏切りながら、歳とったイヴが今はマデイラに引退しているマーチンを訪ね、そう言った問題を乗り越えて誘う所が印象的である。
010604