新潮文庫 THE SILENCE OF THE LAMBS 菊池 光 訳
FBIアカデミー訓練生のクラリス・スターリングは、上司のクローフォドの依頼で、データ蓄積のため九人の患者を殺害している精神病棟レクター博士の面接調査を依頼される。ところがクラリスに好意を持った博士は、現在起こっているバッファロウ・ビルと呼ばれる連続女性殺害事件に関して、行方不明になっているラスペイルという男の車庫を調べるよう助言する。バッファロウ・ビルとはこれまでに五人の女性を殺して皮を剥ぎ取った犯人のあだ名である。
クラリスが、管財人を通して、数年間放置されている車庫に入り、車の中を調べると、マネキン、バレンタインデーの写真、数年経過した女の首、しかも口の中には小さな虫のさなぎが入っていた。そしてまた新しい死体、女性は銃殺され、肩のところの河を三角形に切り取った痕があった。その女性にもさなぎ。スミソニアン博物館で調べてもらったところ、マレーシアに生息する凶暴な蛾のさなぎと分かる。
「今度は頭皮を剥ぐだろう。」レクター博士の不気味な予言通り上院議員ルイス・マーテインの娘キャザリンが誘拐される。レクター博士は犯人に心当たりがあるらしく、刑の緩和を条件にクラリスに犯人の名を明かしかける。ところがこれに反対し、自分の名声をあげたい病院長のチルトン博士は、レクター博士を別の場所に移送し、力で自白させようとし、あわせてクローフォドやキャザリンを役からひきづりおろす。
キャザリンを誘拐した連続殺人犯は、ジェイム・ガムという男だった。不幸な環境の元に育った彼は、仕立屋の能力を身につけ、いつか実際の女の皮膚で等身大の人形を作ろうとしていたのだ。地下牢に閉じこめられたキャザリンは、ほとんど食物を与えられずやせ細り、絶体絶命!
レクター博士が、警備の一瞬の隙をついて、二人を惨殺して逃走、チルトン博士の作戦は失敗に終わる。クローフォドは、キャザリンがレクター博士から聞き出した犯人は同性愛者という考えを思い出し、その線を追ううちにジェイム・ガムにつき当たる。一方キャサリンは博士の「懸命に散らかしている。」の助言から最初に殺された女性の周囲を徹底的に追及、ついにこちらもジェイム・ガムを突き止め、本拠に乗り込む。しかしジェイム・ガムは、やせ具合もちょうど良くなったキャザリンを前に、殺害をまさに決行しようと立ち上がる・・・。
ここ十年のミステリーの中でも出色の作品と思う。連続殺人事件をあつかった物だが、従来の作品とは一味も二味も違う。まず主人公の事件に対する真摯な態度が共感を呼ぶ。レクター博士の人物像の掘り下げが素晴らしい。その上、記述は科学的、殺害がリアリテイに富む、異常犯罪者の精神分析が縦横になされているなどがその理由だろうか。しかし一方で米国の優秀な現代女性と言うのはこういうスタイルなのだな、と我々を驚かせることも事実。そこには男、女の区別が消失し、真実探求を通して自分の存在価値を高めようとする一個の人間の強い意志が感じられる。
・相手の意志に反して人を吊すというのは非常に困難なのだ。・・・階段でやるのだ。・・・首吊り縄を掛けて、縄を踊り場の手すりに縛り、階段のてっぺんから蹴落とす。(138P)
・「自分の最良のものを主に捧げよう」サミイは・・・募金皿に自分の母親の首を載せたのだ。(211P)
・イマーゴウは、幼児期から意識化に埋められ、幼児期の感情に包み込まれた両親のイメージなのだ。・・・・サナギの持つ重要な意味は、変化だ。毛虫からチョウやガになる。ビリイは、自分も変化したいと思っている。(232P)
・今、きみにあるものを凍らせてもらいたい。チルトンの一件を凍らせる。レクターから得た情報をとっておいて、感情を凍らせる。目当てのものから目を離さないでもらいたいのだ、スターリング。大事なのはそれだけだ。(272P)