自殺の殺人    エリザベス・フェラーズ

創元推理文庫   Death in Botanist’s Bay  中村 有希訳

気分転換にアスリントンの町を訪れたトビーとジョージは、身投げをはかった男を取り押さえた。彼は植物標本館館長エドガー・ブリースでジョアンナの父である。その場は事なきを得て、ジョアンナにひきとられたものの、彼は翌朝。一発の銃弾と共にこの世をさった。結局自殺したのかと思いきや、警察の検査結果は他殺の可能性を示唆した。他殺か自殺か。思い悩んだ娘はトビーに助けを求める。

人が死ぬ場合、どちらが都合がいいか、個々人によって違う場合がある。死んだ本人は自殺したのだが、誰か恨む人間がいて彼が殺したように見せかけようとしたかもしれない。他殺に見せかけた自殺である。

しかしもしそれが他殺だった場合、犯人はどう考えるか。自殺のままであるほうがいい。他殺に見せかけた自殺をそのまま自殺に見せたい。また犯人と推定される人物を恋する女性がいたら彼女はどうするか。さらに彼の死によって多額の保険金を受け取れることになる人間はどうだろうか。自殺で保険金が得られぬとあれば、他殺に見せかけた自殺を他殺に見せたい。そして彼らがその目的のために思い思いの行動を取ったとしたら・・・・・・。

昔、ヒッチコック監督の「ハリーの災難」を見た。山の中で死体が見つかるが、みな自分の都合のよいように動かしたり、隠したり、細工をしたりする。あれと同じ事をこのj披見ではみなが行う。大変論理的であるが、読者は「自殺に見せかけた他殺に見せかけた自殺に見せかけた他殺」か「自殺に見せかけた他殺に見せかけた自殺か」などと疑問を突きつけられ、頭が混乱してしまう。そこがこの作品の魅力でもある。

1941年の作品、論理の緻密さは何かクリステイを彷彿させる。